くらはしのクラシック日記

~倶楽趣博人(くらはしひろと)の随想クラシックの思い出、Cafe Klassiker Hrを受け継いだブログです~


2024.4.21(日)15:00 東京文化会館大ホール(東京春祭ライブ配信)
出演
エレクトラ:エレーナ・パンクラトヴァ
クリテムネストラ:藤村実穂子
クリソテミス:アリソン・オークス
エギスト:シュテファン・リューガマー
オレスト:ルネ・パーペ  
侍女:中島郁子、小泉詠子、清水華澄、竹多倫子、木下美穂子、北原瑠美
従者:加藤宏隆、糸賀修平 
新国立劇場合唱団読売日本交響楽団
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ


今年の東京春祭は発足20周年に当たり従来ない豪華な祭典となった。オペラだけでもヤノフスキー「トリスタンとイゾルデ」、ムーティ「アイーダ」、ヴァイグレ「エレクトラ」と世界最高水準の演奏であった。東京春祭ではいずれも演奏会形式なのが音楽第一主義の方針がはっきりして良いと思う。この「エレクトラ」は春祭千秋楽を飾ったものである。

「エレクトラ」は東京のオペラの森として出発した春祭第1回の演目である。小澤征爾の指揮で舞台上演されたが20年の節目としてまた小澤征爾追悼の意味も結果的に重なり意義深いものであった。

出演者はバイロイト経験者が指揮者を含めずらりと並びこれ以上は望めないと思う。結果は言うまでもなく凄いに決まっているが、中でもエレーナ・パンクラトヴァは抜きん出ていた。狂気じみたエレクトラの様相を多少腕を上げる演技はするがそれがなくとも迫真の歌唱が恐怖さえ感じた。藤村実穂子の悪役(エレクトラの母親)は初めてと思うが相手の方に向いた声だけで威厳と不安の変化がリアルに分かった。ルネ・パーペは平然としていたがそれが身を隠したオレストの決意を物語っていた。ただエレクトラとの妹役アリソン・オークスは極めて強い声、母親の情夫役シュテファン・リューガマーは端正で、歌唱は素晴らしいが二人の役柄としては逆のように思った。日本人歌手は皆第戦で活躍する人たちで意気が籠り十二分の熱演であった。一言でいればこの「エレクトラ」公演は文字通り声の競演と饗宴であった。

セバスティアン・ヴァイグレは2013年N響「ニュルンベルグのマイスタージンガー」で春祭登場済みである。(それ以前に既にバイロイトで同曲を指揮している) 今回は常任指揮者である読響との共演で、華麗ではないが大迫力の鋭い音で「エレクトラ」の異様な世界を壮大に聴かせた。

当初は小澤征爾のオペラから始まったが、東京春祭に名称を変えてから範囲が広がった。オペラだけでも徐々と増えワーグナー・シリーズ、ムーティのイタリア・オペラ・アカデミー、今年リヒャルト・シュトラウスなどとオペラ・フェスティバルと言ってもよい規模に大きくなった。桜咲く時期で海外観光客も多いから日本の音楽祭から世界の音楽祭と認められるように発展していって欲しいと思う。見事に締めた千秋楽であった。


2024.4.20(土)16:00 愛知県芸術劇場コンサートホール
出演
小林研一郎(指揮) 名古屋フィルハーモニー交響楽団
曲目
スメタナ:連作交響詩「わが祖国」
(アンコール)マスカーニ:歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』より「間奏曲」
        スメタナ:連作交響詩『我が祖国』第6曲「ブラニーク」より最終節

小林さんは今や日本最長老の指揮者。名フィルには桂冠指揮者なのでたびたび登場されるが定期は久々で2010年来とのこと。「炎のコバケン」の愛称で引っ張りだこの忙しさだが、スメタナ生誕200年記念ならこの人を措いて他にはないであろう。「わが祖国」は<プラハの春>開幕演奏もされた小林さんの18番である。熱心なコバケン・ファンが駆けつけ完売の盛況だった。

「わが祖国」を生演奏で聴くのは30年振り。前回は飯守さんと名フィルだったが申し訳ないことに何も覚えていない。それより前となると何と50年近く前になる。ノイマンとチェコ・フィルの演奏だった。郷土愛を謳う演奏はやはりその国の人が一番と感じたものだ。<モルダウ>だけなら更に1957年カラヤンのベルリン・フィル初来日まで遡る。海外オーケストラを聴くのは初めてだったからその時の印象は強烈で鮮明に覚えている。ずっと後で分かったがこういう描写音楽ではカラヤンは天下一品だった。

小林さんの音楽は民族色が出たものでもなければ風景を彷彿とさせるものでもない。日本の指揮者とオーケストラによる音楽的演奏であった。腕の振りも体の動きも昔に比べると一回り小さくシャープさも無くなって歳を取られたと思った。弦16型の編成で凄い迫力があるが、一方で音が平板で細かなニュアンスには気を使ってないように感じた。残念ながら内面から湧きだすような音楽ではなく、言い方は悪いが表面を威勢よく整えたように思えた。歳を重ねて味が出るとは小林さんには通用せず以前として若いと思う。楽員に任せるタイプの指揮者だから何を訴えたいかの意思統一ができるとそれは素晴らしいのだが。

珍しく定期でアンコールがあった。それも2曲も。「わが祖国」では最後のところを金管と弦で分奏した後全員で再演奏した。オーケストラを讃えたい気遣いと教育的コンサートみたいなところが見えて小林さんらしいと思った。

小林さんはゴルフが趣味だそうで元気の源と思う。これからも永くご活躍を祈っています。


2023.12.28&31 バイエルン国立歌劇場(NHK-BS)
出演
アイゼンシュタイン:ゲオルク・ニグルロザリンデ:ディアナ・ダムラウ   
アデーレ:カタリナ・コンラディオルロフスキー公:アンドリュー・ワッツ   
ファルケ:マルクス・ブリュック、フランク:マーティン・ウィンクラー  ほか 
バイエルン国立歌劇場合唱団管弦楽団   
指揮:ウラディーミル・ユロフスキー
演出:バリー・コスキー   

バリー・コスキーの新演出でダムラウがロザリンデときたからには是非見たいと思った「こうもり」である。ヨーロッパの配信が日本では視られないと分かってがっかりしたのだが幸いNHKが放送してくれた。バイエルン国立歌劇場の「こうもり」はクライバーとオットー・シェンクの歴史に残る名舞台があるので、それを超える評判を獲得しようとすれば相当のプレッシャーになると思う。コスキーの舞台は解釈が新しく表現が多才、舞台がカラフルで演劇、バレエ(ダンス)、音楽の3つが同居している。ベルリン・コミッシェ・オーパで長く総芸術監督を務めていたからオペレッタは得意である。予想通り素晴らしくレビューを観てるような楽しい舞台で大満足であった。 

第1に解釈の点で面白いと思ったのは話をアイゼンシュタインの見た夢にしたこと、それにオルロフスキー公をゲイにしたことの2点である。前者はこうもりの復讐を全く自由なフィクションにできるし、後者は現代世相を反映している。第2に舞台表現ではファンタジックなレビューで目を楽しませたことである。こうもりの群舞(1幕)やゲイ仲間、チャルダッシュ、雷鳴と電光など舞踏会で見せるラインダンス(2幕)、看守のタップダンスにコミックパーフォーマンス(3幕)など、ストーリーとは直接関係がないものを単に見せるために入れ込んである。特に3幕は歌わない看守役を普通なら一人の俳優が演ずるところ、タップダンサーにエンターテイナーグループを加えて3者によって演技を引き継ぎ、ラインダンスと相まってドタバタの娯楽性が増して良かったと思う。第3にひとりひとりの生き生きとした表情。会話も歌唱も本人だけでなく周りの人までいつも動きがありじっとしている時がない。演技が打てば響くような軽快さでこれぞオペレッタだった。

歌手は歌唱だけでなく演技も出来る人が粒揃いであった。アイゼンシュタインゲオルク・ニグルはバロックから現代までコミックからシーリアスまで何でもこなす幅広いバリトンで音大の教授でもある。ここはパジャマ、タキシード、ぴかぴか光るショートパンツと大変身の奮闘ぶりで感心してしまう。ディアナ・ダムラウは軽快な歌唱と演技でロザリンデになり切っていた。若い頃の軽い清澄なコロラチューラから潤いのあるリリックに変わっても明るい声は変わらないのでオペレッタは向いていると思う。アデーレのように若い役柄は無理としてもロザリンデは嵌っていた。 

フランクのマーティン・ウィンクラーはアイゼンシュタイン以上に驚いた。ウィーン・フォークス・オペラ専属だそうで職業とは言えよくやるわと思う。1幕のくそ真面目な刑務所長が3幕ではぴかぴか光るビキニとハイヒールの裸姿。ジェンダーレス・パーティーで酔払ったということだろうか、ゲイのオルロフスキー公と共にコスキーの趣味が出たものと思う。そのオルロフスキー公は普通メゾソプラノの役だがカウンターテナーのアンドリュー・ワッツが演じた。ズボン役は似合う人が少ないからブルーのロングドレスにフェザーのヘア飾りで仮装のゲイの方が自然に見えた。アデーレカタリナ・コンラディも素晴らしかった。ただし普通なら目立つところなのに他があまりに変わり過ぎているのでここでは控え目に映ってしまう。その他ファルケやアルフレード、プリント、イーダ皆レベルが高くさすがはバイエルンと思わせた。

指揮のユロフスキーはバイエルン歌劇場音楽総監督として先ずはコスキーの新演出を成功させる役目を担っていたと思う。コスキーは歌手に相当細かく指示があったと思うから、その歌手たちを支えるためにもかなり慎重になったものと思う。序曲は指揮者が前に出た気がするが歌が入ると控えたように思った。

NHKの画面ではカーテンコールがひとりひとりでなく主役、脇役、端役、バレエ、合唱とグループ毎に拍手に応えていた。指揮者がピットでアンコールの音楽を流す中で行われたからコスキーもユロフスキーもステージには現れなかった。この公演は特に舞台で演じた人々のチームワークだったから全員を等しく祝福してるようだった。

文章にするのが難しい本当に楽しい舞台で大成功だったと思う。但し品のある舞台で洒落た音楽なら何度観てもよいが、見せることを目的にした多少下劣な舞台は飽きがくると思う。この映像を見てクライバーとオットー・シェンクの舞台が二度と現れない名品と改めて思った。

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