ワーグナーは自ら台本(それも韻を含んだ詩)を書いた恐らく唯一のオペラ作曲家で、文学者でもあり評論家でもある。評論の方は全集も出て有名だが、台本の他に3つの短編小説があることはあまり知られていない。それは小説の形をとった評論という内容の所為かもしれないが。

 

それはともかくその3篇は①「べエトオヴェンまいり」、②「パリに死す」、③「幸福な夕べ」(岩波文庫、高木 卓訳)で、いずれもパリで生活に困窮していた時に書かれたものである。この中に出てくる主人公「R」は架空上の人物になっているが実際はもうひとり出てくる「私」と同じく両方共ワーグナー自身である。

 

①の「べエトオヴェンまいり」はワーグナーが崇拝するベートーヴェンを「R」がウィーンに訪問する時の興奮を描いたもの。これは事実と無関係な想像上の物語。他の2編はいずれも「R」と「私」の対話になっていて、②は「R」が芸術の神聖を主張しつつも現実に失望して静かに死んでいくというオペラにもなりそうな話。③はモーツァルト、ベートーヴェンとワーグナーについての音楽評論と思います。

 

小説として読んで面白いのは「ベエトオヴェンまいり」だけです。他は哲学的芸術論でワーグナー特有の理屈っぽい言い回しで読み易くはありません。

 

因みにこの文庫本は1943年の戦時中に初版発刊され、現在絶版になっています。古書で入手するか図書館を利用するしかないが、ワグネリアンには一読の価値があると思います。  

 

                              (初稿2014/1/11の改定)