くらはしのクラシック日記

~倶楽趣博人(くらはしひろと)の随想クラシックの思い出、Cafe Klassiker Hrを受け継いだブログです~

2019年08月

随分前のことだが、バイロイトに行くとなった時「ニーベルングの指環」(リング)の台本を読んで「古事記」にも似たような話があると思った。

 

言うまでもなく「古事記」は日本最古の書物で、天武天皇の勅命によって編纂された歴史書。「日本書紀」もあるが、こちらは天皇に都合の良いように大幅に脚色された感があり、神話を素朴に読むには「古事記」の方が面白いと思う。

 

「古事記」は神代から33代推古天皇までの系譜を追っているが、リングと対比するにその系譜を無視して物語の内容だけに注目した。リングは愛を「古事記」は天皇の権威の正統化を描くのが目的だが、にもかかわらず両者とも神と人間を扱っていて、英雄と愛の話が中心になっている。細かい部分はさて置いて似ているところを拾い出してみたい。

 

リングの天上、地上、地下の3つの世界は、「古事記」でもタカマガハラ(高天原)、アシハラノナカツクニ(葦原中国)、ヨミノクニ(黄泉国)の3つになっている。笑えてしまうのは、英雄ジークフリートが大蛇を殺すのはスサノオ(須佐之男命)がヤマタノオロチ(八俣大蛇)を退治するのと全く同じではないか。神剣の話も出てくる。ウォータンから授かったノートゥンクは、アマテラス(天照大御神)から代々受け継がれたクサナギノツルギ(草薙剣)でヤマトタケル(倭建命)東征の護り刀になっている。

 

愛の話も負けず劣らずである。ヤマトタケルの東征に同行した妃オトタチバナヒメ(弟橘比売)が荒れる海神を鎮めるため身を投ずる話は愛する人に身をささげるワーグナーの世界そのものである。近親相姦もあり。神代では多くの神々を生んだイザナギ(伊耶那岐命)イザナミ(伊耶那美命)、人代に入っては垂仁天皇の妃サホビメ(沙本比売)サホビコ(沙本毘古)、允恭天皇の皇太子カルタイシ(軽太子)カルノオオイラツメ(軽大郎女)、これらはジークムント・ジークリンデと同じ兄妹の間柄である。また妻が持つ嫉妬心は、ウォータンの正妻フリッカも、オオク二ヌシ(大国主神)の妃スセリヒメ(須世理毘売)や仁徳天皇の妃イワノヒメ(石之日売)も同じである。

 

魔法の話では、ジークフリートは小鳥に案内されてブリュンヒルデの岩山に達するが、これはカムヤマトイワレビコ(神倭伊波礼毘古命、神武天皇)が高千穂から大和に向かう時ヤタガラス(八咫烏)に先導されて吉野に入るのと同じである。またスサノオがクシナダヒメ(櫛名田比売)を生贄から救うため櫛に変身させる話もあったりする。

 

もっとも厳密には、例えばリングの地下は死人の世界でない、スサノオがオロチを退治したのは神剣でない(オロチから神剣が出る)、サホビメ・サホビコもカルタイシ・オオイラツメも双子でない、等々違ったところは多くある。しかしこうして並べてみるとたとえ偶然にしても面白い。

 

荒っぽい推論ですが、人間の考えることや感情は洋の東西、時代を問わずあまり変わらないのではないかと思った。 

 

                    (初稿2008/6/7の改定)

 

2019.8.18(日)14:30 愛知県芸術劇場コンサートホール

出演

ジークフリート:大久保 亮

ブリュンヒルデ:基村昌代、ヴァルトラウテ:三輪陽子

グンター:初鹿野 剛、グートルーネ:大須賀園枝

ハーゲン:成田 真、アルベリヒ:大森いちえい

3人のノルン&ラインの乙女:加藤 愛、船越亜弥、本田美香   

愛知祝祭管弦楽団、合唱団

指揮:三澤洋史

演出構成:佐藤美晴

 

2016年から始まったリング・チクルスが完結した。三澤音楽監督の献身的指導により年々充実度を増し、アマチュア・オケの公演と言うよりも日本のワーグナー演奏史上に残る画期的「事件」と思う。もちろん三澤監督一人だけではなし得ないことであり、関係者一同に敬意と賛辞と感謝の気持ちを捧げたい。

 

音楽も演出も今回が最も完成度が高かった。歌手がバランスよく揃っていたこと、オケはヴァイオリンがきれいな音を出せるところまで成長を見せたこと、演出は統一感ある芸術的香りが感じられたことなど、総合的に見て最高の締めくくりであった。

 

演出面を見れば、コンサートオペラとしてオケの後方に主演技台を設け、時にP席などを使う方式は初回から変わっていない。ただその中にあって今回は架空上のものが出てこないから人間の行動と心理描写だけに焦点を当てることができた。歌手は舞台に出てる間は始終何かしらの動きをしている。小道具(指環、剣、杯)なしで衣装を着け演技するのでジェスチュアを観てるようであった。照明もリアルな映像を使うのでなく炎とかライン川の水でも雰囲気を表すだけ。抽象的な舞台で演技をやるようなものだが、それが統一が取れて良いと思った。

 

歌手は期待を遥かに超える素晴らしさだった。ブリュンヒルデ基村は年を追って素晴らしくなり、強弱どんな場合もふっくらした声が変わることなく、感情込めて歌いあげ最後まで崩れることがなかった。三澤監督の特訓が見事に花咲いたようだ。ブリュンヒルデに相応しい暗めの美しい声だから、これから活躍の場が拡がると期待したい。ジークフリート大久保はシューベルト歌曲やエヴァンゲリストを歌ってきた人だけに心配した。しかしさすが最後は疲れてきたようだが、きれいなタミーノの声で長丁場を乗り切り大健闘だった。この声で「ジークフリート」が歌えるとは思えないが、日本版フォークトとして新しいワーグナー歌手が誕生した。フォークトが初めてワーグナーを歌った「ローエングリン」がこの愛知祝祭でも計画されてると聞くが、間違いなくキャスティングされると思う。ハーゲン成田は初めて聴いた。日本には悪役に適したバスがいないが、この人も同様で品の良い声の持ち主である。アルベリヒ大森との夢の中の対決は己に言い聞かせてるような場面だけに二人とも聴き応えのある歌唱であった。グンター初鹿野は王家当主としての威厳と品格が感じられる歌いっぷりで素晴らしかった。グートルーネ大須賀は声量不足は仕方ないが姿も声もきれいであった。毎度ながら凄いと思うのはヴァルトラウト三輪で、ブリュンヒルデとのかけあい場面だけだが迫力があって最高に素晴らしかった。1場だけではもったいないと思う。3人のノルンは序奏で声がしばしば聞こえなかったがラインの乙女では元気に歌っていたので、意図的に死にゆく老婦役を演じたようである。

 

ソリストは楽譜を見ていたが合唱は暗譜で、P席でそれぞれが立ち姿を変えて演技していた。オケに比べ迫力不足のように感じたが、これは既成合唱団でなく全員が新たに応募した人だそうで人数が少なかったかもしれない。

 

オケも進歩していたと思う。特に弦で気付いたことだが、低音は元々豊かな響きをもっていたのに加えてヴァイオリンがきれいな良い音を出しているのに驚いた。全管弦のフォルティシモは凄く耳が痛くなる程迫力があった。指揮は余計な作為を一切しない。静かなところは静かに、豪快なところは豪快に、悲しい時は悲しむように、うれしい時は快活に楽しいように、ごく自然に普通に流すだけ。いつも感ずることは特にフィナーレの終わり方がこの上なく印象的なこと、「ラインゴールド」も「ワルキューレ」も「神々の黄昏」もジーンと胸を打った。

 

来年はリング4部作を2日に分けてハイライトで演奏するとのこと。リングは一連の物語だから出来ればバイロイトでやってるように通して聴きたいと思っていた。ドイツのどこかで2日で全曲通したことがあったよう記憶するが、いくらなんでもそれは無理であろう。ハイライトとはいえそれでも日本初の試みとなる。愛知祝祭は非常識とも思えることに挑戦し続ける。

 

この意欲がどこから来るか不思議に思う。こんなことが出来ればと夢見る人はいると思うがそれをやってのける佐藤団長と高橋コンマスには頭が下がる。二人とも社会的要職に就きながらである。指揮者三澤監督ともども3人がいなかったら実現しなかったであろう。スポーツだけでなく文化でも金メダル級のことをやったのだから県民栄誉賞でも贈呈したらよいのにと思う。

 


ワーグナーは自ら台本(それも韻を含んだ詩)を書いた恐らく唯一のオペラ作曲家で、文学者でもあり評論家でもある。評論の方は全集も出て有名だが、台本の他に3つの短編小説があることはあまり知られていない。それは小説の形をとった評論という内容の所為かもしれないが。

 

それはともかくその3篇は①「べエトオヴェンまいり」、②「パリに死す」、③「幸福な夕べ」(岩波文庫、高木 卓訳)で、いずれもパリで生活に困窮していた時に書かれたものである。この中に出てくる主人公「R」は架空上の人物になっているが実際はもうひとり出てくる「私」と同じく両方共ワーグナー自身である。

 

①の「べエトオヴェンまいり」はワーグナーが崇拝するベートーヴェンを「R」がウィーンに訪問する時の興奮を描いたもの。これは事実と無関係な想像上の物語。他の2編はいずれも「R」と「私」の対話になっていて、②は「R」が芸術の神聖を主張しつつも現実に失望して静かに死んでいくというオペラにもなりそうな話。③はモーツァルト、ベートーヴェンとワーグナーについての音楽評論と思います。

 

小説として読んで面白いのは「ベエトオヴェンまいり」だけです。他は哲学的芸術論でワーグナー特有の理屈っぽい言い回しで読み易くはありません。

 

因みにこの文庫本は1943年の戦時中に初版発刊され、現在絶版になっています。古書で入手するか図書館を利用するしかないが、ワグネリアンには一読の価値があると思います。  

 

                              (初稿2014/1/11の改定)

 音楽と書には意外と共通点があると思う。書は絵画、彫刻や工芸と同じく有形の芸術だが、それが無形の音楽とよく似ているのである。


芸術としての書は伝統的なものから絵画のように面白く見せるものまでいろいろある。私が習ったのは伝統的な漢字だが、漢字の書体には楷、行、草、篆、隷と5種類あり、写経のように一字ずつ区切って書いていくものもあるが、行草といって行書と草書を混ぜた連綿体つまり文字を繋げて書いていくものが昔は多かった。草書から発展したかな書きも同じである。日常生活で手紙や日記など速く書こうと思えば当然その書き方が適しているから、ワープロのない時代には普通に使われていた。その行草あるいはかなの流れが音楽と共通するところが多い。


第1に音楽も書も1回限りで同じものが2つとない。CDがあると言われるかもしれないが、CDは音楽のコピーであって音楽そのものではない。書は一度筆を下ろして書き始めれば絵のように上塗りできず修正がきかない。音楽も一旦出した音はそのまま聴く人の耳に届く。両者は共に一発勝負で、一期一会の精神があると思う。ただ書は何枚も書いたものから最良の決定版を人に見てもらえるが、そこは有形芸術の特徴である。


第2に細部を比較してみると、文字の大小は音の強弱と考えることが出来る。徐々に大きくすればクレッシェンド小さくすればディクレッシェンド。線の太さは音の高低、太いのが低音で細いのが高音。文字間を空ければ音の休止、文字を一字ずつ切ったり続けたりは音楽のスタッカートとスラーだと思う。筆の勢いはテンポで、線の特徴(滲み、擦れ、強さなど)は音色に相当する。行草とかなに限ってであるが、こうして並べてみると確かに似てると思う。


第3は流れの中に変化があり同時に自然でなければならないこと。書はいろんな要素を組み合わせて変化をつけていくが、これが難しい。熟慮の上何度も書き直し、これぞ自信作と思って師匠に見せると即座に駄目と言われる。結局始めの頃書いたものを出展したことが一度ならずあった。これは良く見せようと気負いがあって自然の流れを崩していたのだと思う。変化は必要だがあくまでも全体として調和のとれたものでなければならない。音楽も全く同じではないかと思う。若い人は特徴を出そうと変わったことをやりたがるが、青臭く感ずることが多い。書で言う「枯れた」と言う表現は音楽では「円熟した」と言うのだろう。若い人に年寄りじみた演奏を期待しないが、かといって変っていればいいというものでもないと思う。


芸術以外の分野では料理が音楽と似ているところがある。楽譜やレシピと言った基準になるものがあるのに再現すると2度と同じものはできない。聴いたり食べ終わった時点で消えてしまい記憶だけが脳中に残る。


音楽家の中には料理の得意な人が多いようだ。ロッシーニなど30歳そこそこで作曲をやめ、その後は料理で過ごしたと言われている。それは別格としても音楽家には仕事とか留学で生活の必要から料理に関心を持たざるを得ない人も多いはず。それも音楽と料理に共通するものがあるからと思えなくもない。


音楽、書、料理に拘わらず「良かった、良くなかった」と評することが多い。アンケートでもその言葉をよく目にする。しかし知識技量や感受性は人さまざまだから評価も人によって分かれる。良いか悪いかはある基準を設けてそれに合致するかどうかを見ることで絶対的なものではありえないと思う。「ニーベルングの指環」の中のジークムントのセリフ「私が正しいと思うことが他人には悪く思え、私には悪いと思えることが他人の同感を得る」とは正に真実である。いくら高級なマグロでも魚の好きな人は美味いと思うが嫌いな人はそう思わない。音楽でも従来ない技法で新たに創造した現代音楽が、嫌いな人には不快と感じ新しもの好きな人には面白いと写る。結局一般的に良いか悪いかは詰まるところ好きか嫌いかを言ってるのでないか。


私も音楽ブログを長く書いているがコンサートの感想を「良かった」と言うことが多い。楽譜も読めない楽器も弾けないただ聴くだけの私には専門的判断基準など何もない。好きだからそう書いてるに過ぎない。ただ他人に説明するには「何がどのようにどの程度良いと感じたか」を書かなければ意味ないと思っている。これは極めて難しい。いつも心がけてはいるがこんなこと言って大丈夫かと不安になることがよくある。でも言葉で表すことが音楽の聴き方にプラスになると思うし、それ以上に老化防止に効果があると割り切ってこれからも続けようと思う。  
                      
                      (初稿2006/1/9&2014/10/19の改定)

長くクラシックを聴いてきて最も強烈な印象が残っているものを上げると次のようになる。

 

ベルリン・フィル初来日(1957)

ウィーン・フィル初来日(1959)

ベルリン・ドイツ・オペラ(1966)

NHKイタリア歌劇団(1967)

ミラノ・スカラ座開幕公演(2000)

バイロイト音楽祭(2002)

 

この6つは迷うことなく出てくるが、これ以外となると何かの条件、例えばピアノとか国内オケとかの分類をした上で記録を辿ってみないと容易には思い出せない。

 

全部が古いものばかりである。最初の2つは学生時代、次の2つは就職で東京へ出た独身時代、最後の2つは退職して自適生活に入ってからのもの。一番新しいところでももう17年も前のことである。

 

昔のことはよく覚えていると言われるがそんなことはないと思う。学校で習ったことなどほとんど忘れてしまっている。覚えてるのは今も使う機会のあるものだけだと思う。だから強い印象を残すには別の理由がある。

 

心理学に初頭効果というのがあるそうだ。最初インプットされたものが記憶に残り易く、後の評価に影響を及ぼす。これだと思う。

 

カラヤンのベルリン・フィルはまだ高校生の頃初めて聴いた海外オケ。同じくカラヤンのウィーン・フィルは伊勢湾台風直後だったこと、メインプログラムがウィンナ・ワルツだったこと、偶然にも初めて買ったLPがカラヤンのウィンナ・ワルツ集だったこと、この3つが重なって記憶に残っている。ベルリン・ドイツ・オペラは2度目の来日だったが私にとって初の海外オペラ。イタリア歌劇団はラジオにかじりついて聴いてたのを初めてライブで観ることになった。どちらも当時よく通った日生劇場と東京文化会館の雰囲気と共に思い出す。ミラノ・スカラ座は初のヨーロッパ旅行で行った。開幕公演がどんなものかも知らず、またドウモを観て放心状態だった中で、唯々驚きであった。バイロイトは音楽目的だけの初の個人旅行。その後2度訪れてたが初回程の衝撃は受けなかった。

 

こうしてみると初めてと言っても音楽のことだけでないと気付く。むしろ音楽以上にその時の周辺の事柄が大きく記憶に影響していると思う。このことは私が音楽の専門家でないことに依るのかもしれないが、仮に今その演奏を聴いたとしたら、その後経験も豊富になっていることでもあり、恐らくそんなに興奮することはないと思う。

 

ただ間違いなく言えることは若いうちに最高の本物を聴いておくことは絶対必要だと思う。絵画でも書でも同じだが良いお手本で習った方がいいに決まっている。絵画を画集で観るのと同じく音楽をCDで聴いても勉強の助けにはなるが、本物を聴いたことにはならない。現に録音は良いが実演はあまりという話はよく耳にする。

 

これは一音楽ファンの個人的見解だが、若い頃にこういう世界最高の経験が出来たのは恵まれていたと思う。感謝の気持ちを忘れてはいけない。

                  

                   (初稿趣味のクラシックの思い出よりまとめ)

 

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