くらはしのクラシック日記

~倶楽趣博人(くらはしひろと)の随想クラシックの思い出、Cafe Klassiker Hrを受け継いだブログです~

2020年01月


2020.
1.24(土)20:00 (現地ライブ OTTAVA

出演

ヘロデ:ヘルヴィッヒ・ペコラーロ

へロディアス:ワルトラウト・マイヤー

サロメ:リゼ・リンドストローム

ヨハナーン:ミカエル・フォレ

ウィーン国立歌劇場管弦楽団

指揮:ミヒャエル・ボーダー

演出:ボレスラフ・バーログ

 

1972年カール・ベームによるプレミエ。古色蒼然とした舞台だが、それだけスタンダードな伝統的演出である。初めてウィーンで観た「サロメ」も、1980年の来日公演もこの演出であった。

 

歌手は主役クラス4人が超素晴らしい人ばかり。この人たちに文句を付けられるはずもなく、力強い声で何の無理もなく悠々と歌っている。但し歌唱は良くとも演技面には多少の不満がないわけではない。特にサロメは誰がやっても感ずることだが、ヴェールの踊りが妖艶な姿で観られることはまずない。ほとんど動いてるだけに見えたり、逆にポルノ紛いになっても困る。歌舞伎の女形のような色気のある踊りはできないものであろうか。

 

その上オケの響きが籠った感じで、きらびやかで艶のある音には聴こえなかった。どうしてだろうか。

 

贅沢な不満と思うが、超実力者が立派に歌ってもこの人たちなら普通と思えてしまう。悪いのでは決してないが、何か新鮮味と緊張感がないと感ずる。レパートリーではこういうこともあると思う。

 

そんなわけで今回記録の意味で簡単に。

 


2020.
1.19(日)17:00 (現地ライブ OTTAVA

出演

国王ハインリッヒ:アイン・アンガー

ローエングリン:ピョートル・ベチャラ

エルザ:コーネリア・べスコウ

テルラムント:エグリス・シリンス

オルトルート:リンダ・ワトソン

王の伝令:ボアツ・ダニエル

ウィーン国立歌劇場合唱団、管弦楽団

指揮:ミヒャエル・ギュトラー(ワレリー・ゲルギエフは降板)

演出:アンドレアス・ホモキ

 

2014年プレミエの「ローエングリン」で演出も音楽もこれ迄観た最高であった。これだけ歌手が揃うのはさすがウィーンである。

 

開幕前マイヤー総裁が出てきた。ドイツ語で分からなかったがキャストのトラブルに違いない。聴衆の笑い声がしたり大拍手が起こっていたので何かと思ったが、ピットに入ってきた指揮者がゲルギエフでない。彼がまた遅刻して来なかったことを現地の人のブログで知った。世界で一番忙しい指揮者で各地でいろいろ問題を起こしていると言われる。代りのミヒャエル・ギュトラーはマリンスキー劇場の客演指揮者だそうで、こうしたことは予想していたのではと勘ぐりたくなる。結果的には良かったと思う。素晴らしい演奏だったから。

 

ホモキの演出は伝説色を排し人間臭いドラマにした。人間社会を善と悪の対立として捉え、善の世界でも悪しき誘惑により信が崩れ悲劇が起こる。ストーリーの前提としてエルザとテルラムントの結婚式でエルザが逃げ出すところから始まる。と言うことはテルラムントにはオルトルートにけし掛けられただけでなくエルザへの復讐の意味も含ませている。ローエングリンはパルジファル(汚れなき愚者)の子だが、ここではパルジファルが意味するところの純粋無垢、正義と善によって行動する現実社会の人間として描いている。(「パルジファル」は「ローエングリン」より後の作品だが) 彼は剣を持たずにテルラムントを倒す。白鳥も伝説の中の動物ではなく、善の世界に生きる人々が崇める偶像(お守りと言ってもよい)である。エルザは弟と共にその像を抱いて現れ去っていく。ローエングリンも白鳥像を担ぐ人々の願いによって現れる。

 

当然メルヘン調はどこにもなく、ミュンヘンの居酒屋風テーブルと椅子だけで上手く場面を変えている。また衣装にしてもバイエルンの民族衣装(レーダーホーゼンと呼ばれる皮の半ズボン)。つまり舞台を一般の市民社会の場に設定しているのである。エルザとローエングリンが白の手術着みたいなものを着ている場面が多いが、これはそれこそ純粋無垢を表現していると思う。舞台は合唱の人数が多いのでスケールが大きく見えて素晴らしい。

 

歌手は申し分ない。この演出では歌唱力はもとより役柄にあってる点でもこれ以上は望めないと思う。2年前東京春祭のキャストも素晴らしかったが演奏会形式なので一概に比較はできない。

 

ローエングリンのピョートル・ベチャラは甘みを帯びた強く美しい声で恋人役にはピッタリ。フォークトのはまり役となっているが、少なくともこの演出にはベチャラの方が似合っていると思う。お相手のエルザはスウェーデン新人の若いソプラノ、コーネリア・べスコウ。清く強い声で美貌だから清純で一途なエルザにはこれまたぴったり。しかも二人が並ぶと見た目もよく絵になる。国王ハインリッヒのアイン・アンガーは東京でも歌ったが、品のある美しい声で威厳もあり、長身だから半ズボンを穿いてもモデルのように格好良い。

エグリス・シリンスは同じく東京でテルラムントを歌ったが、この人もイケメンで声も強く、歌える俳優みたいである。悪役で一番人目を惹くオルトルートはリンダ・ワトソン。20年くらい前ブリュンヒルデを聴いたからもうかなりの歳(還暦?)と思うが、依然素晴らしく声が衰えていないようだ。見た目にはブリュンヒルデよりオルトルートの方が合ってると思う。因みにコーネリア・べスコウのブリュンヒルデを観てみたいと思う。

 

合唱特に男声合唱も素晴らしかった。また何よりオケが何故かいつも以上に気合の入った美しく迫力のある熱演で感動した。普通一歩退いた感じになるからオペラでオケに感動することはそうはない。この大音量でも歌手の声が強く聴こえた。録音マイクを通して聴いていても、ワーグナーはやはり日本のレベルとまるっきり違う。

 

カーテンコールで再びマイヤー総裁が出てきた。リンダ・ワトソンへ「オーストリア宮廷歌手」の称号を授与する式であった。1986年にウィーン国立歌劇場デビュー以来13役55回出演したそうである。総裁この日は大忙し。

 

 

2020.1.18(土)16:00 愛知県芸術劇場コンサートホール

出演

パブロ・フェランデス(チェロ) 名古屋フィルハーモニー交響楽団

指揮:沼尻竜典(指揮)

曲目

シューマン:チェロ協奏曲イ短調 作品129

(チェロ・アンコール カザルス編 カタロニア民謡「鳥の歌」)

ワーグナー:楽劇『ニーベルングの指環』より[沼尻版]

・序夜『ラインの黄金』より~序奏、「ヴァルハラ城への神々の入城」

・第1日『ワルキューレ』より~「ワルキューレの騎行」、「魔の炎の音楽」

・第2日『ジークフリート』より~「ジークフリートの角笛」、「森のささやき」

                「ブリュンヒルデの目覚め」

・第3日『神々のたそがれ』より~「ジークフリートの葬送行進曲」    

                 終幕(ブリュンヒルデの自己犠牲)

 

名フィルの定期演奏会にはプログラム構成の狙いを表すタイトルがついている。今回は畢生の傑作とある。畢生とは生涯をかけたという意味である。「ニーべルングの指環」は誰しも異存がないと思うが、シューマンのチェロ協奏曲はそうかなぁと私には思える。

 

シューマンはドイツ音楽の中で苦手の方になるが、誕生日が同じと言う可笑しな理由で理解しようと努めてきた。抵抗がなくなったのは歳をとってからである。チェロ協奏曲で有名なのはドヴォルザークとハイドンで、それに比べシューマンは演奏される機会が少ないと思う。ピアノ、ヴァイオリンのような派手さがない楽器なので、要するにチェロのソロが浮かび上がらないように思う。尤もこれはシューマンの音楽全体がそういう感じではあるが。

 

独奏のパブロ・フェランデスは20代の若手チェリストで、日本音楽財団から貸与されたストラディヴァリウスを使用している。柔らかいきれいな音で抒情性豊かな表現をする。協奏曲ではオケに溶け込み過ぎの感があるが、アンコールの「鳥の歌」ではこれ以上ない弱音の美しさ、切ない気持ちの溢れ出た感動的演奏であった。この人は室内楽の方で良さが一層引き立つと思う。

 

さてお目当ての「ニーベルングの指環」。これは切れ切れの抜粋ではなく沼尻自身の編曲によるもの。ロリン・マゼールの編曲が有名だが、それよりかなり短い(2/3くらい)。但し両者には違いがあり、沼尻版は原作のオケ部分をつなぎ合わせたもの、マゼール版は歌も含めたオケ用編曲である。原4部作を観ているものにとっては、どうしても舞台場面を想いながら聴いてしまう。15時間を1時間に短縮すればほとんどの場面を省略しなければならないのは分かっている。でもやはり物足りなさを感ずる。全体物語にならないのは仕方ないとしても場面的にそうではないと思ってしまうことがある。休みなしで一つの作品として音楽の流れを作っていく訳だからそういう結果になるのではと思う。

 

しかしオケ演奏としては素晴らしかった。特に「ジークフリート」では名フィルの管の素晴らしさが十分発揮されていたし、「神々のたそがれ」では精魂傾けた全力演奏で原作全曲を聴いた後のような感動を覚えた。

 

5月には飯森泰次郎と関西フィルの「ニーベルングの指環」ハイライトが、また9月には三澤洋史と愛知祝祭の二日間に亘るハイライト公演がある。どちらも歌手が加わった演奏会形式による完全な抜粋である。ワグネリアンにとってオケ演奏以上にたまらなく待ち遠しい。

 

 

 

2020.1.12(日)14:00 びわ湖ホール中ホール

出演

アイゼンシュタイン:二塚直紀、ロザリンデ:森谷真理

フランク:山下浩司、オルロフスキー公爵:藤居知佳子

ファルケ博士:市川敏雅、アルフレード:宮城朝陽

アデーレ:平尾 悠、イーダ:上木愛理李

プリント博士:蔦屋明夫、フロッシュ:林 隆史

びわ湖ホール声楽アンサンブル、日本センチェリー交響楽団

指揮:秋山和慶

演出:中村敬一

 

今回初めて行ったがびわ湖ホール声楽アンサンブルによるオペラへの招待シリーズ、日本語上演で親しみやすく予想以上に素晴らしい公演だった。

 

中規模だが本格的オペラと変らない。赤、黒、金の額縁的舞台。奥のスクリーンに居間、舞踏会広間、監獄を映し各幕の場面が分かるようにしている。前にあるのはソファーとテーブルくらいで、簡素ながらも色彩的に華やかな雰囲気があり、衣装も美しい。

 

日本語上演でも歌に字幕がついたのは良かった。セリフの時は問題ないが言葉が聞き取れないことが多いものだ。今回の訳詩は中山悌一によるものだそうで、字幕なしでもかなり分かったのは流石に歌手と思った。

 

舞台装置、日本語の他にもう一つびわ湖ホールの狙いがあるように思った。それは規模をいたずらに大きくせず、オペラを楽しませることを念頭に置いているということ。この「こうもり」は2幕後半のどんちゃん騒ぎを省略し、3幕フロッシュのセリフもびわ湖ホールに相応しいように大幅に変更していた。時間短縮、舞台人数の削減、地元の宣伝の点からも効果的だったと思う。

 

このオペレッタ、女声は歌唱で、男声は演技で魅せる感がある。可笑しさは歌ではなく、セリフと演技の力である。勿論オペラは歌唱が基本であるから、一面が良ければ他はどうでもよいというわけではない。歌手陣は森谷真理、山下浩司の客演を除いても、びわ湖ホール声楽アンサンブルの方々は素晴らしく、充実したキャストで揃っている。アイゼンシュタインの二塚直紀、フランクの山下浩司、ファルケ博士の市川敏雅、いずれも声が素晴らしいし演技も上手い。最も笑いを誘うのは歌わないフロッシュだが、その林 隆史は俳優でなく、ここのアンサンブルのバリトンで、なかなかの芸達者である。セリフ自体が笑える上に、聴衆にも一緒に歌わせたり、拍手を要求するなどして場を盛り上げていた。森谷は最近レパートリーがどんどん増えていて、今回「こうもり」を観たいと思ったのも彼女が歌うからである。欧米の第一線ソプラノにコロラチュルラからリリコ、スピントと変っていく人が多いように、彼女も同じ道を歩んでいる。これから10年最も期待できるソプラノと思う。1週間ほど前ウィーンの「こうもり」をTVで観たばかりだが、森谷のロザリンデともう一人オルロフスキー公爵はキャラ的にこちらの方が合っていると思った。

 

秋山和慶の指揮は真面目である。オケだけの演奏は良いと思うが、全体に面白くしようとする姿勢がないからリズムが重く感ずる。華やかさとリズム感に欠けるところはあったが、これは演ずる側にも問題があるように思う。

 

不満が全くないことはないが十分に楽しませてくれた素晴らしい公演であった。この日満席、補助イスまで出ていた。中には児童を引率した集団もいたが、どうもフロッシュの呼びかけに応えるために仕組まれたものだったようだ。オペラを楽しませる雰囲気作りにも役立っていると思う。このように滋賀と兵庫はオペラの自主公演に積極的で集客力も凄いのは立派だと思う。

 

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2019.12.28(土)19:30 (現地時間 Staatsoper TV)

出演

ゲルダ:バーバラ・ハンニガン

カイ:レイチェル・ウィルソン 

祖母 / 老婦人 / フィンランドの女性:カタリーナ・ダライマン

雪の女王 / トナカイ / 時計:ペーター・ローズ

王女:キャロライン・ウェッターグリーン

王子:ディーン・パワー

森のカラス:ケヴィン・コナーズ

城のカラス:オーエン・ウィリット

バイエルン国立歌劇場合唱団、管弦楽団

指揮:コルネリウス・マイスター

演出:アンドレアス・クリーゲンブルク

 

アンデルセンの童話「雪の女王」を同じデンマークの現代作曲家アブラハムゼンがオペラ化したもの。バイエルンの今シーズン新制作で英語版、作品自体はデンマーク語で昨年10月別のキャストと演出によりデンマーク王立歌劇場で初演されている。お馴染みの話でこの時期上演されるからにはてっきり子供向けのメルヘン調のものと思った。しかし予想は外れ大人向けの読み替え演出だったが、音楽は聴き易くなかなか素晴らしい公演だったと思う。

 

簡単に言ってしまえば、雪の女王に連れ去られたカイを探してゲルダが旅に出、幾多の苦難に逢いながらも助けられ、女王の宮殿に辿り着いてカイを救うという童話。クリーゲンブルクは彼等を子供ではなく青年とし、カイを精神病で自己喪失した聾唖と読み替え、童話の出来事はすべて精神病院で起こる幻想として描いている。カーテンコールに出てきたクリーゲンブルクは自ら障害を持つ身でこの発想を思い付いたのかもしれない。

 

幕は開いたままいきなり病室の廊下。中からゲルダが出てきて悲しそうにうずくまる。看護婦が病室に入って場面が変わると、下手に祖母が二人の子供に童話を聞かせ、上手にカイがベッドに横たわる。この前座はこれから始まる話を想像させてなかなか良いと思う。(ただ後で分かったが) ところがこの後ゲルダとカイにはそれぞれ黙役が登場し、子供時代と幻想の中の役を演ずる。現実と幻想の役者が複雑に入り乱れて分かり難いがまあ小さいことと思う。一面に敷き詰められた真白の綿と寒々とした青い壁は雪景色だけでなく病の冷酷さも表しているようで極めて美しい舞台である。真ん中が飛んでしまうがフィナーレの締め方も感動的。病が癒えて雪の中を戯れる光景、病室で大勢から祝福されて抱擁するシーンは「ほんと良かった、幸せはこれからよ」と言ってるみたいで胸を打たれた。

 

ハンス・アブラハムゼンは1952年生まれだが作曲活動は止めたり再開したりで順調というわけではなかった。作品数も多くはなく室内楽から始まり、オーケストラに進み、「雪の女王」は初のオペラ作品である。透明な響きと哀愁を帯びた簡素なメロディーで繰り返しが多い。ゲルダを歌ったバーバラ・ハンニガンはアブラハムゼンお気に入りの声でこの「雪の女王」も彼女と協力して作曲したという。ちなみにベルリン・フィルで演奏された彼の代表作 Let Me Tell You は彼女に捧げられている。アブラハムゼンの音楽には女声の方が似合うと思う。もう一人の主役カイを歌ったレイチェル・ウィルソンの声も清らかで良かった。

 

このところウィーンとバイエルンの新制作現代オペラを続けて観たが、バイエルンの方がずっとオペラらしく、音楽もきれいであった。ただバイエルンTVはネット回線が良くないようだ。それと日本語の字幕がないのは仕方ないが、文字が読み難いのは困る。無料だからあまり文句は言えないが、以前から全然改善されてないのはやはりドイツと言うべきか。

 

 


2019.12.31(火)19:00 (現地ライブ OTTAVA

出演

アイゼンシュタイン:アドリアン・エレート

ロザリンデ:ローラ・エイキン

フランク:ヨハン・シュメッケンベッカー

オルロフスキー侯爵:マルガリータ・グリツコヴァ

アルフレード:ベンジャミン・ブランズ

ファルケ博士:クレメンス・ウンターライナー

アデーレ:ダニエラ・ファリー

フロッシュ:ペーター・シモニスチェク  ほか

ウィーン国立歌劇場バレエ団、合唱団、管弦楽団

指揮:ニコラス・カーター

演出:オットー・シェンク

 

大晦日恒例の「こうもり」、ウィーンはシュトラウスの本場だから当然としても、他にもドイツ各地で上演されることが多い。イースターの「パルジファル」とかクリスマスの「ボエーム」も多いようだが、いずれにしても日本の年末第9のような異常現象はない。ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートも元日恒例となっているので、正月休みを利用して日本からウィーンを訪れる人も多いようだ。(NHKのテレビ放送を見ても毎年華やかな着物姿が目立つ) ただ他の日にも同じ公演があるのにこの日はどちらも特別高額な料金になっている。音楽を聴くことよりこの特別な日にセレブの集まる式典に同席する目的の方が大きいと自己流に解釈しテレビを観ている。

 

さてオットー・シェンクのこの演出はもう30年も前のものだが、伝統的写実的で豪華の極致を行くような舞台だから、年中行事の祭典には相応しい。通常の「こうもり」と違って、2幕舞踏会に予告なしのゲストが登場しガラ・コンサートみたいになるのが慣例である。今年は今をときめくカウフマンが出て3曲歌ったからファンにとってはたまらない贈り物だったであろう。話の筋とは関係ないものが入ってその分長くなるが、正月を迎える祭典には相応しいと思う。

 

出演者は手慣れたものだ。演技にギクシャクしたところがなく普通に振舞っているように見える。その一方で練習はあまりしてないのでハプニングがおきる。投げられたウォッカのビンを受け損ねて割ってしまったり、飲んだ水を吹き出すタイミングがズレたりすることがあっても、それもご愛敬で面白さには関係ない。

 

アドリアン・エレートには感心する。風采も歌唱も品行方正真面目な感じだが、どんな役もこなしてしまう。感情を露骨に表現するイタリアものはあまりやらないが、「ウェルテル」シャルロッテの夫を演じたかと思えば(これはよく似合ってる)、「マイスタージンガー」の難役ベックメッサーから「こうもり」のお笑い芸人的役まで幅広い。強烈な個性はないけれども万能選手で、それはまた凄いことと思う。ローラ・エイキンは声が重くなり全体に落ち着いた感じで軽快さが今一つ。上手いけれどもロザリンデ役には年齢的にも合わなくなってきたように思う。逆にマルガリータ・グリツコヴァは声が軽く女っぽくて公爵には合わないように思う。その他に仕切り役ファルケ博士のクレメンス・ウンターライナー、コミカルな女中ダニエラ・ファリー、刑務所長ヨハン・シュメッケンベッカーは生き生きとしてバッチリ役にはまっていたし、歌わない牢番ペーター・シモニスチェク は実に上手い。ドイツ語は分からないがアドリブで会場の笑いを誘っていたように思う。

 

正月にはこうした肩の凝らないオペレッタで楽しく過ごしたいと思う。国内でもこれから「こうもり」のオン・パレード。当地の地域オペラでも2つあり、全国レベルではびわ湖、小澤征爾音楽塾と続く。私の今年のコンサート通いも来週びわ湖の「こうもり」から始まる。

 

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