2011.4.9(ライブ収録)
出演
オリー伯爵:ファン・ディエゴ・フローレス
アデル伯爵夫人:ディアナ・ダムラウ
イゾリエ:ジョイス・ディドナート
ランボー:ステファン・デグー
養育係:ミケーレ・ペルトゥージ
ラゴンド夫人:スサネ・レーズマーク ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:マウリツィオ・ベニーニ
演出:バートレット・シャー
この公演にはいろんな思いがある。2011年3月東日本大震災が発生し津波による壊滅的被害と放射能汚染による健康不安で日本中が大パニックになった時である。それだけでない。たまたまその年の6月METの来日公演が予定され、果たして実現するか危ぶまれる状況にあった。すったもんだの末キャストに大幅な変更があったが何とか開催され、感謝の言葉もなかった。その来日予定にディアナ・ダムラウとファン・ディエゴ・フローレスが入っていたのである。
ダムラウは当時乳飲み子を抱えていたので母親が一緒に来日しホテルに籠ったそうである。その話を聞いて感激し赤ちゃんが無事に育つよう縁起物を贈った。一方のフローレスは可笑しな理由をつけてキャンセルしたが、実はこの公演の幕間インタビューで彼にも赤ちゃんが生まれたばかりだったと知った。今でもバリバリの二人であるが、これはそんな若い頃の生気溢れる共演である。
舞台はロッシーニ時代、田舎の芝居小屋での劇中劇にしている。METにしては地味に見えるセットだが衣装はなかなか立派なものであった。そんなことは関係ないと言わんばかりに歌手が皆この上なく芸達者でその面白いことと言ったらありはしない。他愛もない喜劇だが、超絶技巧の完璧な歌唱と息の合ったコミカルな演技で、ロッシーニの理想を実現した最高の公演であった。
まずはフローレス。張りのある輝かしい声でハイCを何の苦も無く当たり前のように歌っている。仕草が本当にコミカルで特に目のが体以上に演技している。こういうことができるテナーは他にいない。これは劇場で観てては絶対分からないライブビューイングならではの利点である。ダムラウも清らかな声で軽々と歌う。もともとコンスタンツェとかツェルビネッタなど軽い役から出た人だから、それに多少しっとり感が加わって役柄にぴったりである。演技も上手いし、相手との呼吸が打てば響く絶妙のタイミングである。これは喜劇が生き生きするかどうかの重要なポイントである。ディドナートはベルカント技法を楽々とこなし、スタイルも良いからズボン役がよく似合う。この3人のベッドシーンは誠に滑稽で最高の見せ場であった。他の人は3人の陰になってしまったが、普通なら主役として喝采してよいくらい素晴らしかった。
時々「ランスの旅」を聴いてるかと錯覚するがそれもそなはず。「ランスの旅」はシャルル10世の戴冠式用に1回しか上演されなかったので、それを基に「オリー伯爵」を作曲したとのこと。でも今日では「ランスの旅」の方がよく上演される逆転現象が起きている。METでもこれが初演らしい。
今となってはむしろ懐かしく思えるが本当に面白かった。そんなにお目にかかれない素晴らしい「オリー伯爵」でフローレス、ダムラウ、ディドナートに大ブラボー。