くらはしのクラシック日記

~倶楽趣博人(くらはしひろと)の随想クラシックの思い出、Cafe Klassiker Hrを受け継いだブログです~

2020年09月


2014.4.26 (ライブ収録)
出演
フィオルディリージ:スザンナ・フィリップス
ドラべッラ:イザベル・レナード
フェランド:マシュー・ポレンザーニ
グリエルモ:ロディオン・ポゴソフ
デスピーナ:ダニエル・ドゥ・ニース
ドン・アルフォンソ:マウリツィオ・ムラー
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:レスリー・ケーニッヒ

「コジ・ファン・トゥッテ」はモーツァルトの中で最も好きなオペラで恐らく3大オペラより多く観ていると思う。テーマが人間の心の揺れから幸せに至る讃歌、落語のようなストーリーの中で男女6名が均等に個性を発揮、それをモーツァルトの美しい音楽が繋げてゆく、その結果単に面白いだけの喜劇でない感動が残る。こういうオペラって他にないと思う。

ジェイムズ・レヴァインの病気復帰後初の公演で、ピットに現れた瞬間大きな拍手が湧き嬉しそうに応えていた。車椅子に座ったままであったが、指揮ぶりは変わらず元気そうであった。ホンワカした雰囲気はないが現代的にキビキビしてディナーミックが大きいドラマティックな演奏であった。

6年前の映像で当時のMETとして若手(特に女声)を中心にしたキャストであった。女声陣は溌溂として個々の歌唱にはバラツキもあったけれどもアンサンブルは素晴らしかったと思う。フィオルディリージとドラべッラ姉妹を演じたスザンナ・フィリップスとイザベル・レナードは特に相性が良かったと思う。二人とも美人で美しい声、10代の娘らしい若さが感じられたし、顔も声も両方とも違いがはっきりしていたのが余計分かり易くて良かった。デスピーナのダニエル・ドゥ・ニースはもっとオーバーに演じてもよいと思ったが、衣装が別人と見えたのでこれくらいで良かったのかもしれない。

男声陣は女声に比べるとちょっと大人し過ぎると思った。フェランド役マシュー・ポレンザーニとグリエルモ役ロディオン・ポゴソフは声の明らかな違いがあったのは姉妹同様混同せずに観られて良かった。ポレンザーニの甘い声は素晴らしいが声が返るのはモーツァルトに相応しくない。ドン・アルフォンソ役マウリツィオ・ムラーはこの芝居の仕切り役としては一寸押しがないと思う。

舞台は全くオーソドックス。METの豪華さはないが色彩的に自然できれいだし、それなりに入念に作られていた。ただし姉妹の住いが田舎風の粗末なもので女中がいるような階級には見えなかった。しかしこれも姉妹の素朴さが出て良かったかもしれない。

一言で言えば若手美人歌手の活躍が目立った公演であったと思う。



2018.12.12~31 (ライブ収録OPERAVISION
出演
オイリアンテ:ジャクリーン・ワーグナー
アドラール:ノルマン・ラインハルト
エグランティーネ:テレサ・クロンターラー
リジアルト:アンドリュー・フォスター=ウィリアムス
ルイ6世:シュテファン・ツェルニー  ほか
アーノルド・シェーンベルク合唱団、ウィーン放送交響楽団
指揮:コンスタンティン・トリンクス
演出:クリストフ・ロイ

ウェーバーはベートーヴェンと同じ時代の作曲家だが、有名な割に演奏されることが少なく、偉大なベートーヴェンの陰に隠れている。歌劇「オイリアンテ」はウェーバー最後の作品で、欧米でも上演される機会は少なく日本では当然その記録もない。

ストーリーは幸せに結婚した二人に振られて、嫉妬から復讐に走る男女が、一応成功したかに見えて結局自滅する話である。善悪の対決で悪は強く善は弱い状況で進み、最後に善が残るという筋立てはオペラに限らず芝居の常道である。「ドン・ジョヴァンニ」も「マクベス」も勧善懲悪のサムライ映画だってそうである。善が勝つから楽しめるのであって悪が勝っては気が重くなってしまう。善が滅びるものを観るには予め心構えがいる。

クリストフ・ロイの現代に置き換えた洗練された演出が素晴らしい。奥行きの深い無機質な部屋で、上手にベッド(これは愛を表す)と下手窓際にピアノ(上流社会つまり金か)があるだけで最後はベッドだけになる。極めてシンプルで白い舞台セットである。奥と上手のドアから出入りして演ずる。衣装は基本的に白と黒、全て取り除いて人間の感情表現だけに集中した演出である。だから棒立ちで歌うことは絶対ない。イタリア・オペラならもっとドロドロした感じになるが、このすっきり垢ぬけした舞台では陰湿ではなく冷酷な雰囲気が出ていた。

コンスタンティン・トリンクスは大野和士のアシスタントをしてたそうで、新国や東京フィルに客演登場したことがある。若手のオペラ指揮者で明晰で強弱が大きくストーリーの展開をよく心得た演奏であった。歌手は皆スタイルの良い若い実力者が揃っていた。オイリアンテのジャクリーン・ワーグナーは気品があってしとやかで貞淑な夫人を演じていた。ヴィブラートの少ない清く力強い声が素晴らしい。ワーグナーやRシュトラウスを得意としているそうで、ティーレマン指揮でマイスタージンガーのエファも歌っている。オイリアンテを陥れるエグランティーネ役テレサ・クロンターラーは美女なのに憎々しい悪女ぶりを上手く演じていた。男声ではルイ6世をつとめたシュテファン・ツェルニーの朗々としたバスの声が凄く印象に残った。アドラールのノルマン・ラインハルトはイケメンだし、叙情的な歌唱でオイリアンテと似合いであった。悪役リジアルトのアンドリュー・フォスター=ウィリアムスは素っ裸でかなり長く歌う場面があり、そのナイスバディ―の職業意識に感心した。ヌードの大写しはさすが避けていたから観れたが、ロイもそこまでやる必要はないと思った。シェーンベルグ合唱団のアンサンブルは特に弱音で素晴らしかった。

垢抜けした演出と歌手の熱演に魅せられた質の高い公演であった。日本語字幕がついたのも初めて観るオペラの場合特に有難く、オーストリア以外の国ではないサービスである。なおナクソスからDVDが販売されている。



2018.2.10 (ライブ収録)
出演
ドゥルカマーラ:イルデブランド・ダルカンジェロ
ネモリーノ:マシュー・ポレンザーニ
アディーナ:プリティ・イェンデ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ドミンゴ・インドヤーン
演出:バートレット・シャー

日本ではドニゼッティ=愛の妙薬でも欧米ではOne of themの感覚でしばしば上演されている。この映像はMETのアーカイブの中では比較的新しく、初めて聴く指揮者とソプラノなので興味があった。

指揮のドミンゴ・インドヤーンはベネズエラのエル・システマ(音楽教育システム)出身、ドゥダメルに続いて2人目になる。この時38歳のMETデビューでオペラではベルリン国立歌劇場でバレンボイムのアシスタントを勉めているそうである。コンサート活動の方が多いようで日本では新日本フィルに客演している。ドイツ的ながっちりした音楽をする指揮者で、この「愛の妙薬」ではちょっと重いと思う。先回観た「ドン・パスクワーレ」の後では真面目過ぎて面白味がない。

アディーナを演じたプリティ・イェンデは33歳、南アフリカ出身の黒人歌手。METには2013年「オリー伯爵」アデーレの代役としてデビューしているのでこれはロール・デビューになる。確かに高音がスカッとして素晴らしいと思う。ドゥルカマーラのダルカンジェロもネモリーノのポレンザーニも歌唱は文句なしだが、演技の方が考えてやってる感じで軽快さがない。指揮者の所為と思うがオケとも息があってるとは思えなかった。


絵画的オーソドックスな新制作だが特記することはない。歌手の声だけを聴いて想像してた方が良い印象が残ったのではと思う。

 

 


2010.11.13 (ライブ収録)
出演
ドン・パスクワーレ:ジョン・デル・カルロ
エルンスト:マシュー・ポレンザーニ
マラテスタ:マリウシュ・クヴィエチェン
ノリーナ:アンナ・ネトレプコ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:オットー・シェンク

ドニゼッティは多作家で未完のものを含めて78もオペラがあるそうである。その中よく上演されるのは10作品程度だが、コミック系は3作品しかない。(愛の妙薬、連隊の娘、ドン・パスクワーレ) ベルカント・オペラは高度な歌唱技法が売りのオペラだから、まずはそのテクニックが優れていないと魅力がない。その一方で喜劇は歌っているだけでは面白味がないから演技力も優れていることが不可欠である。

「ドン・パスクワーレ」は金持ち老人に仕掛けられた結婚話を巡るドタバタ喜劇である。要するに笑える芝居でないといけない。それ故に主人公ドン・パスクワーレには愛嬌のある阿保ぶりが、仕掛けるマラテスタには悪知恵の働くひょうきんぶりが、それを演ずるノリーナには陽気なノリが求められる。エルンストはノリーナが好きで伯父の老人がもちかける結婚話を断り続ける真面目な役で、ドタバタの中だからそれがまた観てる者には面白い。

歌手は皆ノリノリで楽しく笑えた。タイトルロールのジョン・デル・カルロは体つきが見栄えするし演技もうまく歌唱は時に声を変えたり、聴かせどころのアジリタも素晴らしかった。マラテスタのマリウシュ・クヴィエチェンはちょっと変わった詐欺師風が面白く、パスクワーレとのアジリタの二重唱も意気投合してアンコールをやったくらいである。エルンストのマシュー・ポレンザーニは甘い声でイタリア・リリック歌手の代表的歌い方、アリアだけでなくネトレプコとの夜の庭での二重唱も素晴らしかった。

さてノリーナを演じたアンナ・ネトレプコは舞台に姿を見せた瞬間に拍手が湧いた。声が暗いし転がりも怪しげなところがあるが、それを吹き飛ばす感情の表現が素晴らしい。その上に演技力が並外れて上手い。セクシーな仕草も堂々とやるし、石膏像を投げ壊したり、パスクワーレには本当にびんたを食わしていた。やり過ぎと見えるくらいである。それと反対に生娘の恥ずかしがり様は日本風でどう見ても10代に見えた。意識的にオーバーに振舞う演技も喜劇では映える。

レヴァインのオケも軽快だったし、合唱もよく動き賑やかで良かった。それに演出もオットー・シェンクだから写実的で立派なものである。夜の中庭のセットなど短い場面なのによく作ったと感心する。

この種の軽いオペラは歌手にとってアンサンブルが難しいし作品自体も多くはないが、もっと観る機会があってほしいと思う。肩の凝らない楽しみもまたオペラの一つだから。



2013.1.5 (ライブ収録)
出演
エネアス:ブライアン・ヒメル
カッサンドラ:デボラ・ヴォイト
ディドー:スーザン・グラハム
コレーブ:ドゥウェイン・クロフト、エレニュス:エドアルド・ヴァルデス
ナルバル:クワンチェル・ユン、アンナ:カレン・ガーギル
イオパス:エリック・カトラー  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、バレエ団、管弦楽団
指揮:ファビオ・ルイージ
演出:フランチェスカ・ザンベッロ

ベルリオーズ「トロイ人」全曲はこの5月ウィーン国立歌劇場のストリームで観た。作品についてはその時書いたので省略するとしてとにかく好きなオペラではない。今度はMETだからさぞかし立派な舞台が観られるかと期待したが特に感心したことは何もなかった。

読み替えのない普通の演出で舞台セットはやや抽象的。後方一段高いところにも左右に貫く舞台があり、その前に大きな円形の窓のついた不規則な網目状の囲いがある。トロイの木馬もそこに現れるからちょうど窓越しに見る形になり、想像したよりお粗末であった。舞台床が一部石畳になって上手に円形の火の祭壇が設けられていた。平土間の1等席からは見えないと思う。カルタゴの宮殿も市街模型の上に玉座が置いてある。分からなくはないがありきたりで質素である。フランチェスカ・ザンベッロはワシントン・ナショナル・オペラの芸術監督で、2016年「二ーベルングの指環」後半2作品を観たことがある。大味で良いとは思わなかった。

しかし歌手は素晴らしかった。エネアスのブライアン・ヒメルは当時33歳のMETデビューで、マルチェロ・ジョルダーニの代役として10日前に呼ばれたそうである。その前年ネーデルランド・オペラでロール・デビューをしていた。若々しい艶のある声で、終幕ディドーと別れイタリアへ出発する時の心の揺れが特に良かったと思う。カッサンドラのデボラ・ヴォイトも一貫した信念のあるところを演じて良かったが、第1部だけだから損な役ぶりである。やはり最高は第2部登場ディドーのスーザン・グラハムである。時を追っての心情変化が素晴らしいし、しかもトリを務めるから余計注目を浴びる。その他の歌手もそれほど強い印象は残らないがMETだから好演なことに変わりがない。

オペラは言葉によってストーリーが展開していくものだが、ベルリオーズは間奏、バレエ、合唱が多くて芝居の密度が低くなり、どうしても退屈してしまう。上演機会が少ないのも当然と思う。日本での公演はマリンスキーの来日公演(カットありコンサート形式)と読売日響100回記念公演(第2部のみカットありコンサート形式)だけである。今後もまずなかろうからその意味で2度も聴いたのは貴重な機会であった。


ウィーン国立歌劇場のストリームはこちら。
http://klahiroto-diary.blog.jp/archives/2020-05-02.html



2008.11.22 (ライブ収録)
出演
ファウスト:マルチェロ・ジョルダーニ
メフィストフェレ:ジョン・レリエ
マルグリート:スーザン・グラハム  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、バレエ団、管弦楽団
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:ロベール・ルパージュ

この映像はかってNHK-BSで放送された。その頃は生演奏に拘り、一歩譲ってテレビでもライブ中継しか観なかったので記録がない。ここに簡単に記しておきたい。

実はロベール・ルパージュの演出による「ファウストの劫罰」は小澤征爾が1999年サイトウキネン松本で上演している。関心はあったが高価だしチケット確保も難しかったので観ていない。当時のブログを見るとこのMETの演出と同じと分かった。サイトウキネンより9年も後だから共同制作ではないと思う。この場合著作権がどうか知らないが、それはともかく舞台美術の出来栄えはきっとMETの方が優れていたと推測する。

METでは映像を駆使する演出はこれが初だそうだが、その規模の大きさとか質感は並外れて凄いと感心する。4層の枡目状演技台がステージ目いっぱいに広がり、その背後に映像が映し出される。凄いのはアクロバットが大活躍すること。映像と宙吊りでの演技が完全に一体化している。例えば息をする泡の映像とアクロバットの水中遊泳のシルエット、駆ける馬と宙吊り騎士の手綱さばきなど見事という外ない。真横になって垂直の壁を歩くのが内容と何の関係があるか分からないが、サーカスを見てる感じがする。

ベルリオーズは色彩豊かなオーケストレーションが魅力だが、オペラとなるとオケの方が目立ち歌唱を食ってしまう感がある。この「ファウストの劫罰」は管弦楽曲として作曲したものを改編して劇的音楽にしたもので、本来コンサートで演奏されるものである。だから話が断片的でストーリー性が乏しいと言わざるを得ない。オペラならグノーの「ファウスト」の方が良いと思うし聴き易くもある。そういう曲だから歌としてはマルグリートの夢見るようなアリアを除けばあまり良いとは思わない。むしろ合唱の方が聴き応えがあると思う。

マルグリートのスーザン・グラハムはサイトウキネンでも歌っているが最高に素晴らしかった。歌唱だけでなくマルガリートが昇天するフィナーレで垂直の梯子を舞台てっぺんまで登ったのには驚いた。命綱があるとはいえ高所恐怖症ならとても出来ない技である。歌い始めもてっぺんだから大変な役をよくぞやったと思う。ファウストのマルチェロ・ジョルダーニは老齢の博士より若者になってからの方が声が合って良かったと思う。またメフィストフェレのジョン・レリエも声も姿も悪魔ぶりが良く似合った。

音楽よりも映像とアクロバットに目を奪われた。面白くはあったがここまでやられては音楽が二の次になる感じがしてしまう。この曲は本来のコンサートで聴いた方がベルリオーズの音楽が生きると思う。

 

 


2017.1.21 (ライブ収録)
出演
ロメオ:ヴィットーリオ・グリゴーロ
ジュリエット:ディアナ・ダムラウ
マキューシオ:エリオット・マドール、ステファーノ:ヴィルジニー・ヴェレーズ
ローラン神父:ミハイル・ペトレンコ、キュピレット:ロラン・ナウリ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ジャナンドレア・ノセダ
演出:バートレット・シャー

シェイクスピアを原作とするオペラは多くの作曲家が手掛けているが、フランスが最も多い。オペラの本場イタリアがヴェルディひとりなのにフランスはベルリオーズ、トマ、グノー、サンサーンス、マルタンと5人もいる。同じラテン系なのに不思議だが、その時代は文学、絵画など文化活動一般がフランスの方が盛んであったと思われる。

話としては「オテロ」「マクベス」の方が奥が深くて面白いと思うが、音楽の美しさではこの「ロメオとジュリエット」が一番と思う。それは取りも直さず歌の魅力にある。ストーリーはロメオとジュリエットの出会いから死までを描いたもので、この二人の熱愛以外は何もないと言えるオペラである。必然的にほとんど二人だけが注目される。特に二重唱が多く節目毎つまり出会い、バルコニー、婚礼、死の場面で感動的な二重唱がある。

ロメオのヴィットーリオ・グリゴーロはイタリア人、ジュリエットのディアナ・ダムラウはドイツ人で、国が違うと気質が違い感情の表現もちょっと違ってくるように思う。グリゴーロはイタリアものとフランスものがレパートリーで感情をそのままストレートに出す方である。この「ロメオとジュリエット」は始めあまり良さが出なかったが、後になるほど真価を発揮した。特に終幕ジュリエットの墓を訪れる場面からの激情的歌唱は素晴らしかった。演技の方でも剣闘は迫力があったし、愛の場面も凄く情熱的であった。カーテンコールでダムラウを抱き上げたのも彼らしかったと思う。

一方のダムラウはドイツものとベルカントのコロラチューラから徐々にリリックに変わってきた。いつもの如く絶対に崩れない完ぺきな歌唱、感情表現でもちょっと理性が見える。10代の清純な娘を演ずるには艶が出てしまったが、そこは軽く跳び回る演技で充分にカヴァーしていた。1幕の有名なジュリエットのワルツも良かったが、それより毒薬を前に恐怖や不安を歌った場面がよく考えられて素晴らしかった。二人の二重唱はどれもこれも息があって気持ちが通じてるようであった。

他の歌手では小姓ステファーノのヴィルジニー・ヴェレーズが目に留まった。初めて知った若い人で歌は上手いし容姿がスリムで可愛らしい。来年1月ウィーンでケルビーノを歌うことになっているがこれは楽しみである。指揮のジャナンドレア・ノセダがまた素晴らしい。「ロメオとジュリエット」は初めてだそうだが、歌手を邪魔しない領域を超えて歌手を引き立てるようにリードしていたと思う。オペラ指揮者として理想的である。

バートレット・シャーの演出も伝統的ながらも新奇な創意があって良かったと思う。舞台は劇中劇のようなセットになっている。中央にかなり広い演技ステージがあって装置は基本的にその周りに置いて背景とか場面を説明している。バックはヴェローナ名所の家より立派である。歌手はほとんどの場合このステージ上で、しかもよく計算されて動くので余計に目立つ。場面転換を見せるのも劇中劇の一部になっていて面白い。例えばジュリエットの寝室を作るのに演技ステージ全体を被う大きな白いシーツをオリンピック旗を運ぶように持ってくる。またそのシーツが次の婚礼ドレスになり更に死装束になるというのも驚きの新機軸であった。

ロメオとジュリエットの愛のテンコ盛りのようだが、グリゴーロとダムラウの大熱演に釘付けになった素晴らしい舞台であった。



2020.2.1 (ライブ収録)
出演
ポギー:エリック・オーウェンズ
ベス:エンジェル・ブルー
クララ・ゴルダ・シュルツ
セリナ:ラトニア・ムーア
マリア:デニス・グレイヴス
クラウン:アルフレッド・ウォーカー
スポーティング・ライフ:フレデリック・バレンタイン  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:デイヴッド・ロバートソン
演出:ジェイムズ・ロビンソン

ワシントンの有名な桜並木の脇にキング牧師の純白でとてつもなく大きな記念像がある。それを見て米国の人種差別問題が如何に大きいかを肌で感じた。最近また黒人の人権問題で揺れている米国でこのオペラが上演される意味は大きいと思う。

リンカーンの奴隷解放宣言が1863年、キング牧師の黒人差別違憲判決が1956年。このオペラが作曲されたのは1935年だから、黒人が奴隷ではないが厳しい差別を受けていた時代のことである。昨今白人警察官の黒人射殺ニュースを見ると、罪人容疑で検挙するにしてもその扱いは酷過ぎるように思う。このオペラを観ると根本はまだ変わっていないように思った。

出演者は警官を除いてすべて黒人である。大合唱団もエキストラを集めたと思われるが一人残らず黒人。作曲者が黒人以外歌ってはならないと言い残したのを忠実に守っていることになる。ヨーロッパの上演もそうかは知らないが、読み替え置き換え演出が普通だからあっても可笑しくない。因みに日本では小さい団体での上演記録がある。

話は黒人社会で起こる事件の悲哀を描いたもので、舞台はみすぼらしい2階建ての長屋、一部にドアがあっても壁がなく中が見える造りになっている。ミュージカルともいわれるオペラだからリズミカルで賑やかなダンスが随所に入る。

このオペラを特別有名にしているミュージカル・ナンバー「サマータイム」は前奏が終わるや否やいきなり漁師の若妻クララによって歌われる。生まれた赤児を抱いて歌う悲しそうなメロディーは黒人の悲劇そのもののようである。これは2幕でも歌われ、さらに3幕では情婦ベスによって繰り返される。同じアリアが3度も歌われるオペラは他にないと思う。この曲以外にも有名なナンバーがいくつもあって親しみやすく分かり易いのと、重くて強い黒人パワーの声の凄さに圧倒される。

歌手ではポギーのエリック・オーウェンズが深みのある声で純粋で善良な悲しい男を演じて素晴らしい。特にフィナーレの去っていったクララを追いかけるアリアは可哀そうで泣けてくる。いつものドスのある声は控え目でさすがと思った。内縁の妻ベスのエンジェル・ブルーはかってミス・ハリウッドの美人。ポギーを思う純真さと麻薬にはまった性的快楽の複雑な役を良く演じた。オペラとしては両方の違いをもっと出した方が良かったかと思うが、ポギーに告白する二重唱では涙の跡が見え感動した。サマータイムだけならクララのゴルダ・シュルツの声の方が透明で良かったと思う。しかし役柄からキャストの入れ替えはありえない。マリアのデニス・グレイヴスを含め3人とも似た体形の美人で見間違えてしまう。最も感情が籠っていたのはセリナのラトニア・ムーア。のどの強い黒人らしいアリアは夫を殺された慟哭がひしひしと伝わってきた。拍手もこの人が一番大きかったと思う。殺人者クラウンのアルフレッド・ウォーカーと麻薬売人スポーティングのフレデリック・バレンタインは極悪人ぶりを発揮した。

「ピーター・グライムズ」も「ポギーとベス」も社会問題が露骨に見えて頻繁に観たいとは思わない。しかし現代ものは異質だからたまには良いものだと思う。

METの観客は白人が多いと思うが、カーテンコールに出た白人の警官には冷ややかであった。ここではトランプの選挙戦は不利なように見える。 




2008.3.15 (ライブ収録)
出演
ピーター・グライムズ:アンソニー・ディーン・グリファー
エレン:パトリシア・ラチェット
バルストロード:アンソニー・マイケル=ムーア 
アウンティ:ジム・グローブ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ドナルド・ラニクル
演出:ジョン・ドイル

ブリテンは完全に20世紀に生きた作曲家で、それも主要作品が第2次大戦後の作になる。その意味で現代作曲家の代表として著名であると同時に演奏される機会も多い。この「ピーター・グライムズ」も終戦直後に初演されたものである。何せ暗澹たる悲壮な話なので、好きでよく観るという人は少ないであろうが、深い感銘を受ける素晴らしい作品と思わない人もいないであろう。

このMETの公演は最高、これ以上ののものはなかなか望めないと思う。音楽と演出が完全に一体となり、オペラであるのに演劇を観てるような感覚になる。それくらい直接的な緊張感切迫感があった。

それにはいろいろ要因があると思う。先ずは話の深刻さにある。噂が広まり追い詰められて自殺するという話は今日のネット社会でもある。真実を追求しない無責任な社会の犠牲者と考えれば不幸なことに今日ありふれた話である。ドラマの緊迫感は音楽の特質にもあると思う。音楽と言葉のリズムが実によく合っていて、歌っているのに会話をしてるかのように訴えてくる。私の語学力ではこう感じたのはオペラはこれまでない。

それに演出もよく考えられていた。舞台セットは全面壁しかない。ドアや窓が多くついて出入りしたり窓際で覗いたりする。その人数がまた物凄く多い。閑村の漁港とは思えないが、閉塞した現代社会を表すような威圧を感ずる。

無論この中で演ずる人々ひとりひとりの力がまとまって発揮されなければこのような素晴らしい結果は不可能である。ドナルド・ラニクルは英国の指揮者で所謂お国ものになるが、この作品の本質を良く捉えていたと思う。これでもかと叩きつける豪放な音楽には恐怖を覚える。因みに演出のジョン・ドイルも英国人だから息があったと思われる。

主役の歌手二人はそれぞれ対照的な役柄がよく出て強い印象が残った。タイトルロールのアンソニー・ディーン・グリファーは力強く表現力もあって粗野な男を大熱演した。インタビューでグライムズが有罪か無罪かは観る人が決めることだと言っていた。確かに100%白と書いてあるわけでないが、白と考えた方がドラマの悲劇性が増すし、3幕の悲壮な独唱も生きてくる。そうなると子供への虐待ぶりが矛盾するようにも見えるが、逆に村人の疑いは理解できるように思った。グライムズをひとり助ける立場だったエレン役のパトリシア・ラチェットは優しさがにじみ出て同じく素晴らしかった。最後は善良なバルストロードと共にグライムズに自らけじめをつけるように説得することになる。観てて複雑な思いが湧くが世の中こんなものと暗い気持ちになる。

この二人だけでない。周りの人達が皆演技の上手いこと。まるで俳優のようで演劇を観てるように感じた理由の一つでもある。

オケも普段ピットで聴く音とは違う豪勢な響きで盛り上げた。各幕の長い間奏曲も素晴らしく聴き応えがある演奏であった。

豪華を売り物にするMETとは違っていた。しかしシンプルながら大規模のセットと大合唱の圧力をバックにあらためて人間を考えさせられる「ピーター・グライムズ」の超名演であることは確かである。



2013.12.14 (ライブ収録)
出演
ファルスタッフ:アンブロージュ・マエストリ
クィックリー夫人:ステファニー・ブライズ
アリーチェ:アンジェラ・ミード
ナンネッタ:リゼット・オロペーサ
フォード:フランコ・ヴァッサロ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団 
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:ロバート・カーセン


ヴェルディ最後の作品で実質唯一の喜劇、シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」に基づいている。ロバート・カーセンによるスカラ座、ロイヤル・オペラとの共同制作で、スカラ座の来日公演で観た人も多いと思う。ジェイムズ・レヴァインが腰痛等治療で休み、車椅子に座ったままの2年ぶりの復帰であった。

他のヴェルディ作品とは全然違う。話が人間賛歌の喜劇という他に、音楽がアリアでなくアンサンブルが中心になっている。それ故に歌唱でも演技でも息が合うことが重要であるが、その点キャスティングが面白かったと思う。

ロバート・カーセンの演出は読み替えはないもののイギリス貴族社会を取り払い現代のお笑い話にした。ファルスタッフの大食大飲を前面に出して舞台を作っている。台本のガーター亭はホテル、フォード家の部屋は料理教室並みの大きなキッチン、公園の森はホテルのオープンガーデンのようなところである。ベッド脇にルーム・サービスの料理が並んでいたり、キッチンで七面鳥を焼いたり、フィナーレは一同テーブルを囲んでのパーティーで終わる。実際よく食べる場面が出てくる。

そう言っては何だがキャスティングが妙で、演ずる歌手も大食いを思わせる巨漢が揃っていた。一人目は言わずと知れたアンブロージュ・マエストリ。「ファルスタッフ」はこの人の為にあるオペラのようで、このMET出演で200回になるそうだ。現在では他の人が演ずる例を知らないくらい完全に板についていて、声を外すのも演技の内と思える。

二人目はステファニー・ブライズ。クィックリー夫人を代役で歌って大評判になり、それ以来のはまり役になっている。表現力があって他にレパートリーも勿論あるが、適役はおばさん役とかに限られると思う。

三人目はアリーチェのアンジェラ・ミード。この時はまだ30代の若さだが声がきれいで素晴らしく、レパートリーを増やしつつある。しかし声だけで伸びていける時代ではないので、この人も適役は限られると思われる。

この3人で引っ張た「ファルスタッフ」の感があるが、この中に入るとナンネッタ役リゼット・オロペーサの声と容姿の可愛らしさが目立った。レヴァインの指揮もテンポが速く、陽気なリズム感があって良かった。

ヨーロッパのシャレた滑稽な舞台と違い、どこか大阪のおばちゃん臭のするお笑い劇であった。スカラ座来日公演と基本的に同じ演出でも出演者が違うと雰囲気がまるで違う感じになる。面白さの点ではこのMET公演の方が面白かった。



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