もう20年近く前になるがHP(ブログはまだなかった)を立ち上げて間もない頃、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの初来日の思い出を書いたことがある。つい先日両オーケストラを聴いて当時の演奏会の模様を懐かしく思った。ここにその文を一部改めたがほぼそのまま再掲したい。プログラムは大部分処分してしまったが、これは残しておいたので写真とともに。(前回のベルリン・フィルにつづいて)

 

 

 1959年9月26日夜半、伊勢湾台風が東海地方を直撃した。名古屋の最大瞬間風速46メートルと過去に経験したことのない暴風と名古屋港の満潮が重なり、高潮による死者5000人を超す大災害となった。大学の校舎も傾いて授業が出来なくなった。学生がボランティアで救援活動に走り回った。政治運動だけでなくこういう活動もやっていたのである。

 

 その1ヵ月後にカラヤン ウィーン・フィルが来日した。東京、大阪、名古屋で9回の演奏会を開いたが、このうち2回は急遽災害たすけあいの特別演奏会になった。

 

 ウィーン・フィルは1956年にヒンデミットと共に小編成で来日しているが、フル編成ではこれが初になる。オーストリア政府派遣の初の世界一周演奏旅行の途中、日本に寄った。この時カラヤン51歳。帝王として歩き始めた頃である。

 

 プログラムも極めて意欲的であった。ベートーベン、ブラームスが中心ではあったが、モーツァルト、シューベルト、ヨハン・シュトラウス、それにベルガーの現代曲も入っていた。東京公演初日がブルックナー8番というのも、当時のプログラムとしては異例と言ってよい。現代曲やブルックナーは恐らくほとんどの人が初めて聴いたのではなかろうか。

 

 名古屋公演はモーツアルト40番、シューベルト「未完成」とヨハン・シュトラウスであった。(今から思うと最もポピュラーなプログラムを持ってきたようだ) この3日前にカレル・アンチェル チェコフィルが来て、きれいな音色の前座を聴いていたし、何せ2年前にカラヤン ベルリンフィルの体験があるので、もう衝撃はなかった。確かに音色は素晴らしく柔らかで優雅できれいであったが、曲目のせいもあり音量がそれ程大きいと思わなかった。私の席が3階ずっと後方(鶴舞にある名古屋市公会堂)だったので、指揮ぶりも細かい動きまでは見えなかった。しかしシュトラウスのラデツキー行進曲だったと思うが、カラヤンが聴衆に挨拶をして振り向くといきなり間髪をいれず棒を振り下ろした。それでも演奏はおかしくなかったから、楽員はわかっていたのかもしれない。なかなかのショウマンだと思った。

 

 ヨハン・シュトラウスはとても楽しかったが、モーツァルトとシューベルトはあまり共感出来なかった。当時からすでに好みが違っていたと思う。モーツァルト40番はテンポが速くてメランコリックな感じは持てなかった。シューベルトも映画「未完成交響曲」の先入観もあって、美しくはあったが寂しさとか悲しさは感じなかった。その頃よくレコードで聴いていたベームの「未完成」の方にずっと惹かれた。

 

 カラヤンの指揮を2回見てこの人はショウマンだと思ったし、音楽も良いことには違いないが深く心に訴えかけるものが少ないと感じた。それ以降カラヤンから離れて、最近までCDもほとんど聴かなかった。現代の指揮者と比較して聴くとまた少し違う印象を持つようになったが、聴き方も好みも歳とともにが変わってくるものである。

 

                           (初稿2002/10/1改定)

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