2014.
12.13(ライブ収録)

出演

ハンス・ザックス:ミヒャエル・フォレ

ヴァルター:ヨハン・ボータ 

エファ:アネッテ・ダッシュ 

ベックメッサー:ヨハネス・マルティン・クレンツレ 

ポークナー:ハンス=ペーター・ケーニヒ

マグダレーネ:カレン・カーギル 

ダフィト:ポール・アップルビー 

夜警:マシュー・ローズ  ほか

メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団

指揮:ジェームズ・レヴァイン 

演出:オットー・シェンク 

 

良き時代のアメリカとMETを代表するマイスタージンガー。オットー・シェンク、ジェームズ・レヴァイン、早逝のヨハン・ボータ始めキャストが皆揃って音楽も演出も文字通り最高であった。

 

オットー・シェンクの演出でも新しい方に属する1993年の制作。伝統的写実的で豪華なセットは幕が開くだけで拍手が起こる。こういうことは他の演出家ではないと思う。写実的なのは何もセットだけでなく衣装もそうだし、歌手の演技もリアルで自然である。こういう舞台はもう作ろうにも作れないのだから(予算面)オペラ美術の文化遺産として大事に使ってほしいと思う。

 

METの顔として人気のあったジェームズ・レヴァインはセクハラ問題で解雇され今は顔を見せていない。この公演はそれより前、腰痛手術の後のもので、車椅子に座ったまま指揮している。しかし腕の振りは健在で、他の指揮者と違ってオケが敏感に反応し、長年の関係を物語っている。

 

ヨハン・ボータ はこの2年後亡くなっていてMET最後の出演となった。甘く艶があって芯の強い声、まだ50歳前の旬の時だったので、このヴァルターは素晴らしく適役である。癌だったそうでニュースを聞いて驚いたことを覚えている。

 

思い出はさて置いて最も聴き惚れたのはハンス・ザックスのミヒャエル・フォレ。豊かで張りのある声でマイスターの立場と己の悩みに煩悶する役を自然な振る舞いで見事に演じていた。ヨハネス・マルティン・クレンツレが演じたベックメッサーはこの喜劇の要、しっかりした歌唱で素晴らしかった。1幕ではちょっと固いかなと感じたが、2幕以降はわざとらしさがなくて面白かった。ポークナーのハンス=ペーター・ケーニヒは温厚な父親らしく温かい声で役に嵌っていたと思うし、娘のエファ、アネッテ・ダッシュももっと可愛い声を想像していたが声が暗く力強くなって素晴らしかった。ボータとダッシュはワーグナー歌手とは思わないが、その中でヴァルターとエファは歌うに相応しい敵役と思った。

 

個別のことばかり書いたが、この公演の最も良い点は喜劇らしさにあったと思う。古くはクナッパルブッシュ新しくはティーレマンと、重厚なワーグナーとは対極のオペレッタ的な軽快さを感じた。こんなにホームドラマみたいに面白いと思ったワーグナーは初めて聴いた。やはりレヴァインの力だと思う。特にフィナーレが印象的であった。音楽はザックスを賛美することより民衆の楽しさが前面に出ていたし、演出でもエファが寂しそうなザックスの頭に月桂冠をのせて終わるが、この演出の根本解釈を示しているようなほのぼのとしたシーンであった。

 

オットー・シェンクの演出、ジェームズ・レヴァインの指揮、歌手の長所がうまくかみ合ったマイスタージンガーであった。現地で観たかったと思う。