2011.3.19(ライブ収録)
出演
ルチア:ナタリー・デセイ
エドガルド:ジョセフ・カレーア
エンリーコ:ルドヴィック・テジエ
ライモンディ:ユン・クワンチュル  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:パトリック・サマーズ
演出:メアリー・ジマーマン

このMETの映像も10年程前のものだが、今はオペラを引退して舞台では観られなくなったナタリー・デセイの名演である。デセイはオペラ歌手としてまだ若い方と思うが、彼女のレパートリーから考えてこれ以上続けるのはマイナスと自ら判断したのであろう。周囲の要望はまだ強かったと思うが、グルベローヴァのようにまだやれると言われるのを好まなかったと思われる。自尊心の強いフランス人らしいと思う。

2011年3月19日の公演。これは東日本大震災が起きた1週間後であり、その6月には来日も予定されていた。来日公演が危ぶまれる中歌手のキャンセルが相次ぎ大騒動になったことを覚えている。ペーター・ゲルブの努力によりキャスト変更はあったものの予定通り開催でき、以来METへの感謝の気持ちは忘れない。その時の演目の一つが「ルチア」であった。

実はこのメアリー・ジマーマンの演出は来日公演でも使われていたが、実際の舞台装置は明らかに仕上がりが違う。METの方はフェルメールの絵を見るように高級感に溢れている。それより前の来日公演「サムソンとデリラ」でも前評判ほど豪華とは思えなかったから、同じ演出でも場所が変われば違うものらしい。今回観た演出はフィナーレでルチアの亡霊が出てエドガルドの自殺に手を貸すシーンがある。演技の方は記憶が定かでないが、これも来日公演ではなかったような気がする。

演技は人が変わればある程度違うのは仕方ないと思う。デセイの狂乱の場は階段から転げ落ちる迫真の演技があって怪我するのではと心配になった。兄を恋人と思ってすがるルチアの姿はあまりにも可哀そうで涙を誘う。フレミングのインタビューでデセイは何時もこれが最後の舞台と思って演じていると答えていた。女優になるのが希望だったそうで、こういう演技ができるのは彼女を置いて他にない。

デセイのための「ルチア」みたいではあったが、他の男声歌手も皆素晴らしかった。中でもルチアを憐れむユン・クワンチュルの悲しそうな歌唱には心を打たれた。エドガルド役のジョセフ・カレーアは愛と裏切られたと思う憎さを、兄エンリーコのルドヴィック・テジエは冷ややかなところを演じてとても良かったと思う。

METにおけるデセイの名演として「連隊の娘」と「ルチア」は喜劇悲劇の双璧として残ると思う。デセイはこの秋来日の予定だが恐らく中止になるであろう。ガランチャもダムラウも中止になった。これが最後ということもないだろうから次回を待つことにしよう。