2019.3.30 (ライブ収録)
出演
ヴォータン:グリア・グリムズリー
ブリュンヒルデ:クリスティーン・ガーキー
ジークムント:スチュアート・スケルトン
ジークリンデ:エヴァ=マリア・ウェストブルック
フリッカ:ジェイミー・バートン
フンディング:ギュンター・グロイスベック
メトロポリタン歌劇場管弦楽団
指揮:フィリップ・ジョルダン
演出:ロベール・ルパージュ

2010~12年にかけて制作されたロベール・ルパージュの「ニーベルングの指環」チクルス。これは再演になるが演出だけでなくフィリップ・ジョルダンの音楽が素晴らしかった。当時ブリュンヒルデを歌っていたデボラ・ヴォイトがインタビューアに回っていた。

METにしては珍しい抽象的舞台だが、数十本の長大な板をコンピューター制御で動かすという大掛かりな装置である。板の並べ方角度によりフンディングの住まい、森、シーソーの馬、険しい山と様々に変化する。映像と照明の素晴らしさもあって形はシンプルながらとても見栄えがする。

ヴォータン、フリッカ、ブリュンヒルデの家族3人がアメリカ人とあって、どこかアメリカンな感じが強いように思う。すなわちあまり内省的思索的でなく、人間ドラマそれもホームドラマ的感じがする。フリッカはヴォータンに対し徹底したかかあ天下に振舞うし、ヴォータンとブリュンヒルデの別れも実際の親子の永遠の別れのような悲しさ寂しさがにじみ出ていた。アメリカ人ではないが、ジークムントとジークリンデ兄妹の禁断の恋もごく普通の恋人どおしのように見えた。「ワルキューレ」はリング4部作でも最も抒情的作品だから、こういう分かり易い親しみ易いのもありと思う。

歌手のキャラクターでも同じような感じがする。ブリュンヒルデのクリスティーン・ガーキーは神でない普通の娘のようで、ヴェーヌスでもやったらその艶っぽさが生きると思った。ヴォータンのグリア・グリムズリーも強さと風格があまり感じられず槍は持ってはいるが普通の父親のように見える。ジークリンデのエヴァ=マリア・ウェストブルックは歌唱は素晴らしいが声質に若さを感じないし、ジークムントのスチュアート・スケルトンも歌い方が大人し過ぎる。良かったのはフリッカのジェイミー・バートンとフンディングのギュンター・グロイスベック。グロイスベックはヴォータンを歌っているのでフンディングなら悠々であろう。

指揮のフィリップ・ジョルダンはバイロイト、ウィーンと最近冨に活躍が目覚ましい。明解で表情豊かな音楽はいわゆる昔の重厚長大なドイツ的ではないがストーリーのあるオペラにはとても相応しいと思う。

ウィーン国立歌劇場もリング・チクルスを配信したから、METもオンデマンドを開放してほしい。それだけ全作を観る価値がある演出と思う。