2008.3.15 (ライブ収録)
出演
ピーター・グライムズ:アンソニー・ディーン・グリファー
エレン:パトリシア・ラチェット
バルストロード:アンソニー・マイケル=ムーア 
アウンティ:ジム・グローブ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ドナルド・ラニクル
演出:ジョン・ドイル

ブリテンは完全に20世紀に生きた作曲家で、それも主要作品が第2次大戦後の作になる。その意味で現代作曲家の代表として著名であると同時に演奏される機会も多い。この「ピーター・グライムズ」も終戦直後に初演されたものである。何せ暗澹たる悲壮な話なので、好きでよく観るという人は少ないであろうが、深い感銘を受ける素晴らしい作品と思わない人もいないであろう。

このMETの公演は最高、これ以上ののものはなかなか望めないと思う。音楽と演出が完全に一体となり、オペラであるのに演劇を観てるような感覚になる。それくらい直接的な緊張感切迫感があった。

それにはいろいろ要因があると思う。先ずは話の深刻さにある。噂が広まり追い詰められて自殺するという話は今日のネット社会でもある。真実を追求しない無責任な社会の犠牲者と考えれば不幸なことに今日ありふれた話である。ドラマの緊迫感は音楽の特質にもあると思う。音楽と言葉のリズムが実によく合っていて、歌っているのに会話をしてるかのように訴えてくる。私の語学力ではこう感じたのはオペラはこれまでない。

それに演出もよく考えられていた。舞台セットは全面壁しかない。ドアや窓が多くついて出入りしたり窓際で覗いたりする。その人数がまた物凄く多い。閑村の漁港とは思えないが、閉塞した現代社会を表すような威圧を感ずる。

無論この中で演ずる人々ひとりひとりの力がまとまって発揮されなければこのような素晴らしい結果は不可能である。ドナルド・ラニクルは英国の指揮者で所謂お国ものになるが、この作品の本質を良く捉えていたと思う。これでもかと叩きつける豪放な音楽には恐怖を覚える。因みに演出のジョン・ドイルも英国人だから息があったと思われる。

主役の歌手二人はそれぞれ対照的な役柄がよく出て強い印象が残った。タイトルロールのアンソニー・ディーン・グリファーは力強く表現力もあって粗野な男を大熱演した。インタビューでグライムズが有罪か無罪かは観る人が決めることだと言っていた。確かに100%白と書いてあるわけでないが、白と考えた方がドラマの悲劇性が増すし、3幕の悲壮な独唱も生きてくる。そうなると子供への虐待ぶりが矛盾するようにも見えるが、逆に村人の疑いは理解できるように思った。グライムズをひとり助ける立場だったエレン役のパトリシア・ラチェットは優しさがにじみ出て同じく素晴らしかった。最後は善良なバルストロードと共にグライムズに自らけじめをつけるように説得することになる。観てて複雑な思いが湧くが世の中こんなものと暗い気持ちになる。

この二人だけでない。周りの人達が皆演技の上手いこと。まるで俳優のようで演劇を観てるように感じた理由の一つでもある。

オケも普段ピットで聴く音とは違う豪勢な響きで盛り上げた。各幕の長い間奏曲も素晴らしく聴き応えがある演奏であった。

豪華を売り物にするMETとは違っていた。しかしシンプルながら大規模のセットと大合唱の圧力をバックにあらためて人間を考えさせられる「ピーター・グライムズ」の超名演であることは確かである。