2020.2.1 (ライブ収録)
出演
ポギー:エリック・オーウェンズ
ベス:エンジェル・ブルー
クララ・ゴルダ・シュルツ
セリナ:ラトニア・ムーア
マリア:デニス・グレイヴス
クラウン:アルフレッド・ウォーカー
スポーティング・ライフ:フレデリック・バレンタイン  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:デイヴッド・ロバートソン
演出:ジェイムズ・ロビンソン

ワシントンの有名な桜並木の脇にキング牧師の純白でとてつもなく大きな記念像がある。それを見て米国の人種差別問題が如何に大きいかを肌で感じた。最近また黒人の人権問題で揺れている米国でこのオペラが上演される意味は大きいと思う。

リンカーンの奴隷解放宣言が1863年、キング牧師の黒人差別違憲判決が1956年。このオペラが作曲されたのは1935年だから、黒人が奴隷ではないが厳しい差別を受けていた時代のことである。昨今白人警察官の黒人射殺ニュースを見ると、罪人容疑で検挙するにしてもその扱いは酷過ぎるように思う。このオペラを観ると根本はまだ変わっていないように思った。

出演者は警官を除いてすべて黒人である。大合唱団もエキストラを集めたと思われるが一人残らず黒人。作曲者が黒人以外歌ってはならないと言い残したのを忠実に守っていることになる。ヨーロッパの上演もそうかは知らないが、読み替え置き換え演出が普通だからあっても可笑しくない。因みに日本では小さい団体での上演記録がある。

話は黒人社会で起こる事件の悲哀を描いたもので、舞台はみすぼらしい2階建ての長屋、一部にドアがあっても壁がなく中が見える造りになっている。ミュージカルともいわれるオペラだからリズミカルで賑やかなダンスが随所に入る。

このオペラを特別有名にしているミュージカル・ナンバー「サマータイム」は前奏が終わるや否やいきなり漁師の若妻クララによって歌われる。生まれた赤児を抱いて歌う悲しそうなメロディーは黒人の悲劇そのもののようである。これは2幕でも歌われ、さらに3幕では情婦ベスによって繰り返される。同じアリアが3度も歌われるオペラは他にないと思う。この曲以外にも有名なナンバーがいくつもあって親しみやすく分かり易いのと、重くて強い黒人パワーの声の凄さに圧倒される。

歌手ではポギーのエリック・オーウェンズが深みのある声で純粋で善良な悲しい男を演じて素晴らしい。特にフィナーレの去っていったクララを追いかけるアリアは可哀そうで泣けてくる。いつものドスのある声は控え目でさすがと思った。内縁の妻ベスのエンジェル・ブルーはかってミス・ハリウッドの美人。ポギーを思う純真さと麻薬にはまった性的快楽の複雑な役を良く演じた。オペラとしては両方の違いをもっと出した方が良かったかと思うが、ポギーに告白する二重唱では涙の跡が見え感動した。サマータイムだけならクララのゴルダ・シュルツの声の方が透明で良かったと思う。しかし役柄からキャストの入れ替えはありえない。マリアのデニス・グレイヴスを含め3人とも似た体形の美人で見間違えてしまう。最も感情が籠っていたのはセリナのラトニア・ムーア。のどの強い黒人らしいアリアは夫を殺された慟哭がひしひしと伝わってきた。拍手もこの人が一番大きかったと思う。殺人者クラウンのアルフレッド・ウォーカーと麻薬売人スポーティングのフレデリック・バレンタインは極悪人ぶりを発揮した。

「ピーター・グライムズ」も「ポギーとベス」も社会問題が露骨に見えて頻繁に観たいとは思わない。しかし現代ものは異質だからたまには良いものだと思う。

METの観客は白人が多いと思うが、カーテンコールに出た白人の警官には冷ややかであった。ここではトランプの選挙戦は不利なように見える。