くらはしのクラシック日記

~倶楽趣博人(くらはしひろと)の随想クラシックの思い出、Cafe Klassiker Hrを受け継いだブログです~

カテゴリ:ネットオペラ > イタリア


2016.4.16 (ライブ収録) 

出演
ロベルト・デヴリュー:マシュー・ポレンザーニ
エリザベス1世:ソンドラ・ラドヴァノフスキー
サラ:エリーナ・ガランチャ
ノッティンガム伯爵:マリウシュ・クヴィエチェン  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:マウリツィオ・ベニーニ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー

 

ドニゼッティの英国王朝3部作は「アンナ・ボレーナ」がヘンリー8世、「マリア・ストゥルダ」と「ロベルト・デヴリュー」がその子エリザベス1世のいずれも狂った愛を題材にしている。嫉妬や猜疑心から処刑してしまう非道の話は気持ちの良いものでなく、好きなオペラでない。こういう作品を3つも書く感覚が知れないが、単に大衆の興味に合わせた結果だろうか。METがこの3部作を一挙連続して配信したので一番新しい作品ひとつを観た。

歌手の凄さに尽きると思う。中でもエリザベス1世を演じたソンドラ・ラドヴァノフスキーが別格に目についた印象が強い。個性的で極めて力強い声、その上コロガリも完璧にこなす人はいないと思う。その声は杖をついた年老いた女王の姿に合わないとは思うが、感情を露にした歌唱は如何にも劇的である。狂乱の場の演技も良かった。それと対照的にサラ役エリーナ・ガランチャがまた素晴らしい。決して崩れない歌唱はこのベルカントでも発揮された。深い声と同情を集める控え目の演技に惹きつけられた。タイトル・ロールのマシュー・ポレンザーニは甘いリリックな声で適役である。2幕監獄のアリアはとりわけ感動的であった。ノッティンガム伯爵のマリウシュ・クヴィエチェンはエリザベスに比べるとちょっと大人しい感じがするが、何をやっても上手くこなす歌手だと思う。

マウリツィオ・ベニーニは顔も温厚だが指揮もそんな感じがする。オケを引っ張ろうとする態度が見えないのにオケと歌手の息が自然にあってしまう不思議な指揮者である。

演出は劇中劇の形をとって、舞台は王宮内の劇場、左右に観客席がありそこに合唱が入っている。アリアが終わると劇中と劇場の両方から拍手が起きる。終演後の挨拶も両方にする。場面転換は後方の壁を変えるのと玉座や執務デスクを持ち込むだけのシンプルなもの。だが繊細に仕上げられて見栄えがした。歌手が演じているのを観るのでなく歌手が演じている様子を観ていることになり、話の生臭さが多少軽減されるように感じた。これは良かったと思う。

ラドヴァノフスキーは200回目のMET出演になるそうで、いかに多くの役に出ているかを物語っている。ポレンザーニと共にアメリカ出身だからひときわ大きな拍手を受けていた。



2018.2.10 (ライブ収録)
出演
ドゥルカマーラ:イルデブランド・ダルカンジェロ
ネモリーノ:マシュー・ポレンザーニ
アディーナ:プリティ・イェンデ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ドミンゴ・インドヤーン
演出:バートレット・シャー

日本ではドニゼッティ=愛の妙薬でも欧米ではOne of themの感覚でしばしば上演されている。この映像はMETのアーカイブの中では比較的新しく、初めて聴く指揮者とソプラノなので興味があった。

指揮のドミンゴ・インドヤーンはベネズエラのエル・システマ(音楽教育システム)出身、ドゥダメルに続いて2人目になる。この時38歳のMETデビューでオペラではベルリン国立歌劇場でバレンボイムのアシスタントを勉めているそうである。コンサート活動の方が多いようで日本では新日本フィルに客演している。ドイツ的ながっちりした音楽をする指揮者で、この「愛の妙薬」ではちょっと重いと思う。先回観た「ドン・パスクワーレ」の後では真面目過ぎて面白味がない。

アディーナを演じたプリティ・イェンデは33歳、南アフリカ出身の黒人歌手。METには2013年「オリー伯爵」アデーレの代役としてデビューしているのでこれはロール・デビューになる。確かに高音がスカッとして素晴らしいと思う。ドゥルカマーラのダルカンジェロもネモリーノのポレンザーニも歌唱は文句なしだが、演技の方が考えてやってる感じで軽快さがない。指揮者の所為と思うがオケとも息があってるとは思えなかった。


絵画的オーソドックスな新制作だが特記することはない。歌手の声だけを聴いて想像してた方が良い印象が残ったのではと思う。

 

 


2010.11.13 (ライブ収録)
出演
ドン・パスクワーレ:ジョン・デル・カルロ
エルンスト:マシュー・ポレンザーニ
マラテスタ:マリウシュ・クヴィエチェン
ノリーナ:アンナ・ネトレプコ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:オットー・シェンク

ドニゼッティは多作家で未完のものを含めて78もオペラがあるそうである。その中よく上演されるのは10作品程度だが、コミック系は3作品しかない。(愛の妙薬、連隊の娘、ドン・パスクワーレ) ベルカント・オペラは高度な歌唱技法が売りのオペラだから、まずはそのテクニックが優れていないと魅力がない。その一方で喜劇は歌っているだけでは面白味がないから演技力も優れていることが不可欠である。

「ドン・パスクワーレ」は金持ち老人に仕掛けられた結婚話を巡るドタバタ喜劇である。要するに笑える芝居でないといけない。それ故に主人公ドン・パスクワーレには愛嬌のある阿保ぶりが、仕掛けるマラテスタには悪知恵の働くひょうきんぶりが、それを演ずるノリーナには陽気なノリが求められる。エルンストはノリーナが好きで伯父の老人がもちかける結婚話を断り続ける真面目な役で、ドタバタの中だからそれがまた観てる者には面白い。

歌手は皆ノリノリで楽しく笑えた。タイトルロールのジョン・デル・カルロは体つきが見栄えするし演技もうまく歌唱は時に声を変えたり、聴かせどころのアジリタも素晴らしかった。マラテスタのマリウシュ・クヴィエチェンはちょっと変わった詐欺師風が面白く、パスクワーレとのアジリタの二重唱も意気投合してアンコールをやったくらいである。エルンストのマシュー・ポレンザーニは甘い声でイタリア・リリック歌手の代表的歌い方、アリアだけでなくネトレプコとの夜の庭での二重唱も素晴らしかった。

さてノリーナを演じたアンナ・ネトレプコは舞台に姿を見せた瞬間に拍手が湧いた。声が暗いし転がりも怪しげなところがあるが、それを吹き飛ばす感情の表現が素晴らしい。その上に演技力が並外れて上手い。セクシーな仕草も堂々とやるし、石膏像を投げ壊したり、パスクワーレには本当にびんたを食わしていた。やり過ぎと見えるくらいである。それと反対に生娘の恥ずかしがり様は日本風でどう見ても10代に見えた。意識的にオーバーに振舞う演技も喜劇では映える。

レヴァインのオケも軽快だったし、合唱もよく動き賑やかで良かった。それに演出もオットー・シェンクだから写実的で立派なものである。夜の中庭のセットなど短い場面なのによく作ったと感心する。

この種の軽いオペラは歌手にとってアンサンブルが難しいし作品自体も多くはないが、もっと観る機会があってほしいと思う。肩の凝らない楽しみもまたオペラの一つだから。



2013.12.14 (ライブ収録)
出演
ファルスタッフ:アンブロージュ・マエストリ
クィックリー夫人:ステファニー・ブライズ
アリーチェ:アンジェラ・ミード
ナンネッタ:リゼット・オロペーサ
フォード:フランコ・ヴァッサロ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団 
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:ロバート・カーセン


ヴェルディ最後の作品で実質唯一の喜劇、シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」に基づいている。ロバート・カーセンによるスカラ座、ロイヤル・オペラとの共同制作で、スカラ座の来日公演で観た人も多いと思う。ジェイムズ・レヴァインが腰痛等治療で休み、車椅子に座ったままの2年ぶりの復帰であった。

他のヴェルディ作品とは全然違う。話が人間賛歌の喜劇という他に、音楽がアリアでなくアンサンブルが中心になっている。それ故に歌唱でも演技でも息が合うことが重要であるが、その点キャスティングが面白かったと思う。

ロバート・カーセンの演出は読み替えはないもののイギリス貴族社会を取り払い現代のお笑い話にした。ファルスタッフの大食大飲を前面に出して舞台を作っている。台本のガーター亭はホテル、フォード家の部屋は料理教室並みの大きなキッチン、公園の森はホテルのオープンガーデンのようなところである。ベッド脇にルーム・サービスの料理が並んでいたり、キッチンで七面鳥を焼いたり、フィナーレは一同テーブルを囲んでのパーティーで終わる。実際よく食べる場面が出てくる。

そう言っては何だがキャスティングが妙で、演ずる歌手も大食いを思わせる巨漢が揃っていた。一人目は言わずと知れたアンブロージュ・マエストリ。「ファルスタッフ」はこの人の為にあるオペラのようで、このMET出演で200回になるそうだ。現在では他の人が演ずる例を知らないくらい完全に板についていて、声を外すのも演技の内と思える。

二人目はステファニー・ブライズ。クィックリー夫人を代役で歌って大評判になり、それ以来のはまり役になっている。表現力があって他にレパートリーも勿論あるが、適役はおばさん役とかに限られると思う。

三人目はアリーチェのアンジェラ・ミード。この時はまだ30代の若さだが声がきれいで素晴らしく、レパートリーを増やしつつある。しかし声だけで伸びていける時代ではないので、この人も適役は限られると思われる。

この3人で引っ張た「ファルスタッフ」の感があるが、この中に入るとナンネッタ役リゼット・オロペーサの声と容姿の可愛らしさが目立った。レヴァインの指揮もテンポが速く、陽気なリズム感があって良かった。

ヨーロッパのシャレた滑稽な舞台と違い、どこか大阪のおばちゃん臭のするお笑い劇であった。スカラ座来日公演と基本的に同じ演出でも出演者が違うと雰囲気がまるで違う感じになる。面白さの点ではこのMET公演の方が面白かった。




2010.12.11 (ライブ収録)
出演
ドン・カルロ:ロベルト・アラーニャ
王妃エリザベッタ:マリーナ・ポプラフスカヤ
国王フィリップ2世:フルッチョ・フルラネット
ロドリーゴ:サイモン・キーンリーサイド
エボリ公女:アンナ・スミルノヴァ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:ニコラス・ハイトナー

ヴェルディの30近いオペラの中で最後から5番目の最高傑作。シェイクスピアによる3つの作品と同じく、こちらはシラーの戯曲「ドン・カルロス」を基にしている。多くの版があり5幕フランス語版は3時間半とスケールが大きくワーグナー並みに長いが、冗長の感じは全くしない。日本では4幕版が普通で5幕版の上演は数回しかないのではと思う。びわ湖ホール(イタリア語)、東京芸術劇場(フランス語)、それにMET2011来日公演(イタリア語)くらいではないか。

さすがはMETらしい豪華キャストである。この半年後に来日公演があったが、演出も違うし、キャストもポプラフスカヤを除いて皆異なっていた。NHKホールで観たが大震災の直後とて出演者は揃っていても何となくどさくさの組替え公演みたいであった。それでも来日してくれただけでも感謝の思いであった。しかし演奏は今回配信の方が圧倒的に熱気があった。

歌手は皆素晴らしかった。だがどちらかと言えば男声陣の方が良かったと思うが好みの問題かもしれない。タイトルロールのロベルト・アラーニャは情熱的で演技も剣で闘うシーンなど真に迫っていた。一方ロドリーゴのサイモン・キーンリーサイドは誠実理知的で気持ちを隠すのと爆発させる時の違いが何とも素晴らしかった。二人の友情の二重唱は最高。国王のフルッチョ・フルラネットは4幕の有名なアリアから大審問官とのやり取り迄、苦悩がにじみ出て感動的であった。暗さとド迫力が生きるバスの競合はこのオペラに聴きどころでもある。王妃のマリーナ・ポプラフスカヤは声が清いのは若い王妃によく合っていると思う。悲壮感があるし、宝石箱が無くなったと国王に駆け込む場面も慌てふためく感じがよく出ていた。エボリ公女のアンナ・スミルノヴァのパワーは凄い。しかしあり過ぎて王妃に後悔して詫びる場面など怒ってるように聴こえる。二人ともロシア人で控え目に演ずるのは日本人と気性が違うかもしれない。来日公演のエカテリーナ・グバノヴァもそうであったから。

指揮のヤニック・ネゼ=セガンは「カルメン」に継いで2作目のMET登場になる。昨日聴いた就任公演「椿姫」に比べると随分と粗削りの感がある。シンフォニーが多かったから舞台の歌手との一体感の点でまだ慣れていなかったのかと思う。

演出は読み替えがなくオーソドックスだが舞台セットは造形的であった。しかもそれが幕によって程度が違いリアルな部分もあり、また衣装が伝統的でリアルであるから必ずしも統一が取れているとは言い難い。規模は大きいが豪華ではなかった。少なくとも高級感がなくてはMETらしくないと思う。

ということで歌手の素晴らしさに尽きる公演だった。

 

 


2018.12.15 (ライブ収録)
出演
ヴィオレッタ:ディアナ・ダムラウ
アルフレード:ファン・ディエゴ・フローレス
ジェルモン:クイン・ケルシー  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:マイケル・メイヤー

ダムラウとフローレスを聴きたくて観た。だが演出面もちょっと変わったところがあった。

「椿姫」のソプラノは一人出ずっぱり、しかもコロラチューラ、リリック、ドラマティックとすべてを歌うわけだから3役を一人で歌うようなものである。ダムラウはベルカントで世に出たが、その後次々と幅を広げていった。2010年のインタビューで将来歌ってみたい役にヴィオレッタを挙げていたが、3年後にMETロールデビューを果たした。今や最高の円熟期に入り、歌唱が美声で表情豊かで完璧、その上繊細な演技でも目を見張るものがある。この公演でも感涙の素晴らしい歌唱、演技でもアルフレードと再会するフィナーレなど涙ぐんで役になり切っていたように見えた。こういう細かい表情は大写しの画面でないと分からない。

アルフレード役のフローレスはベルカントで余人に代え難い存在だが、このアルフレードでは印象が薄い。普通の歌手に聴こえ、これならベチャワの方がドラマティックで良いと思った。(この時だけかもしれないが)

指揮のヤニック・ネゼ=セガンは
MET音楽監督就任後初のピット入りで、インタビュー時にリハーサルの模様が流れていたが、随分念入りに準備を重ねたようである。緻密で丁寧な感情表現に注力していると思った。祝賀の意味もあると思うが、開幕でピットに入ると同時に盛大な拍手が沸いた。またMETでは異例と思うがカーテンコールでオケ楽員を舞台に上げて労っていた。カナダ人だがレヴァインを継ぐにはアメリカ人が相応しいのだろう。

舞台は伝統的部類に入ると思うが
METにしては節約型で全幕同一セット、照明だけで場面転換していた。演出でちょっと変わった点は2つ。ひとつは冒頭ヴィオレッタの亡骸をアルフレード、ジェルモン他が見守るシーンから始まる。つまり回想としてオペラの幕が開く形にしている。もう一つはアルフレードの妹が黙役として登場すること。2幕ヴィオレッタを説得する場面でジェルモンが妹を伴い、また3幕では死の床にあるヴィオレッタの背後を妹がウェディング・ドレスで通ったり、見舞ったりする。妹の結婚のために起きた悲劇であることを見える形にしていた。確かに話の移り変わりがよく分かるとは思うが、それ程新鮮味は感じなかった。

ある意味記念演奏であるが、ダムラウだけが印象深く素晴らしい公演だった。




ダムラウに関して過去書いた記事
http://klahiroto.livedoor.blog/archives/2010-03-13.html
http://klahiroto.livedoor.blog/archives/2013-03-16.html



2018.4.14(ライブ収録)
出演
ルイザ・ミラー:ソニア・ヨンチョバ
ロドルフォ:ピュートル・ベチャワ
ミラー:プラシド・ドミンゴ
ヴァルター伯爵:アレクサンダー・ビノグラードフ
ヴィルム:デミトリ・ベロセルスキー  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ベルトランド・ビリー
演出:エライジャ・モシンスキー

METヴェルディ・ウィークの3日目だがもう飽きてきた。ヴェルディはほとんどすべてが愛と憎しみの話で、たとえ愛の形が違っても感情を描くことに留まっている。例外はシェイクスピアが原作になっている「マクベス」や「オテロ」の場合で、愛憎というより人間の業とか欲望がテーマになっている。(「ファルスタッフ」は喜劇だから別にして) 要するにいろんな状況の中での色恋を扱っているだけである。それが悪いと言っているのでなく、同じような話が続けば退屈するということである。中を空ければそういうことはないと思う。そういうことなので歌手に関心が向いてるうちは良かったが、せいぜい半分で後半はながら聴きになってしまった。

タイトル・ロールのソニア・ヨンチョバは若手ソプラノらしく娘役に合う容姿とベルカントな声で素晴らしかった。それ以上に適役はロドルフォのピュートル・ベチャワ。真面目で一途な恋人役には最高だと思う。感情の籠め方が半端でなく、怒る時は声も演技も迫力がある。父ミラー役ドミンゴのバイタリティーは凄い。インタビューでまだ引退は考えていないと言っていたが、テノールからバリトンに変わったとはいえいったいどこまで歌い続けるのだろうか。観なかったがこの前のストリームではロドルフォで出演していたから親子の世代を歌ったことになる。来年MET50年だそうである。ヴァルター伯爵のアレクサンダー・ビノグラードフは領主を奪った悪人には見えず、むしろ秘書ヴィルムに脅されてやったような感じがした。そのヴィルムのデミトリ・ベロセルスキーの方は凄味があった。

舞台セットもオケもすべてが揃ったMETらしい豪華な公演だったと思うが、申し訳ないが集中力が持たなかった。

明日は「仮面舞踏会」だが歌手にもあまり関心がないのでパスすることにする。


2015.10.3 (ライブ収録)
出演
レオノーラ:アンナ・ネトレプコ
マンリーコ:ヨンフン・リー
ルーナ伯爵:ディミトリ・ホヴォロストスキー
アズチューナ:ドローラ・ザジック
フェルランド:ステファン・コツァン
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:マルコ・アルミリアート
演出:デイヴィット・マクヴィガー

「トロヴァトーレ」はヴェルディの中で最も多く観ているオペラである。話は滅茶苦茶だから突っ込まないことにして素晴らしい音楽だけ聴くことにしている。ストーリー最低音楽最高だが、感動的アリアが次々出てこんなに転換の速いオペラも少ない。

そういうオペラだから何はともあれ歌手が揃うことが絶対必要条件である。開幕前にペーター・ゲルブ総裁が最高のキャストと自慢げに話していたが、成程凄いと思う。ネームバリューでなく実際に聴いた上での感想である。これは間違いなくMET屈指の名演でだと思う。

皆これ以上望めないと思う感銘を受けたが、中でも光っていたのはアンナ・ネトレプコ。暗く曇ったような声は好みでないが表現力は確かに当代随一と思う。感情の籠ったドラマティックな歌唱は役に溶け込んだ大袈裟でない演技も伴ってさすがはディーヴァの存在感を見せつけた。

マンリーコを歌ったヨンフン・リーの成長には驚いた。2011年MET来日公演でヨナス・カウフマンの代役としてドン・カルロを歌った。その時はまだ30代の若さでこれからだと思った。それがふっくらした声ではないが、力強い歌唱が直球勝負で挑むように訴えかけてくる。すっかり主役に収まって韓国出身歌手の実力には恐れ入る。

ルーナ伯爵のホヴォロストスキーは脳卒中から回復途上のMET復帰とのことで、登場するや否や大拍手が起こり演奏を中断する羽目になった。彼の方も軽く笑顔の会釈で返していた。残念なことに2年後脳腫瘍悪化で急逝した。55歳であった。白髪のスポーツ選手みたいな体格で正にバリトンのスターであった。カーテンコールでオケ楽員から白い花が一斉に投げ込まれたが、日本人には供花のように思えた。

アズチューナのドローラ・ザジックはMETデビュー25年だそうで、それ以来ずっとはまり役になっている。形は粗野なジプシーだが声には母親らしい優しさがあって素晴らしい。フェルランドのステファン・コツァンは昨日スパラフチレを聴いた時と同じで、凄みのある指揮官ぶりで冒頭だけでほとんど終わりなのが惜しい気がする。

マルコ・アルミリアートの指揮はきびきびしたリズム感と歌心があって「トロヴァトーレ」には特に相性が良いと思う。

演出はオーソドックスで特記することはない。暗いがMETらしい大規模な舞台であった。フィナーレがマンリーコが牢から連れ出されるだけで炎が全くないのも統一感があって良いと思った。

花形歌手の競演饗宴超名演を十分堪能した。METは凄い。




2013.2.16 (ライブ収録) 

出演
リゴレット:ジェリコ・ルチッチ
ジルダ:ディアナ・ダムラウ 
マントヴァ伯爵:ピュートル・ベチャワ
スパラフチレ:ステファン・コツァン
マッダレーナ:オクサーナ・フォルコヴァ  ほか
メトロポリタン歌劇場合唱団、管弦楽団
指揮:ミケーレ・マリオッティ
演出:マイケル・メイヤー


METストリームは今日から1週間ヴェルディ・ウィークで初日は「リゴレット」。あまり好きな方のオペラでないが演出が面白そう。

METにしては珍しい読み替え演出で現代のラスベガスを舞台にしている。演出のマイケル・メイヤーはブロードウェイ・ミュージカルの著名な演出家だそうで、オペラはこれは初仕事とのこと。如何にもアメリカ的でネオン瞬く派手な舞台である。マントヴァ伯爵はカジノのオーナーで歌手。リゴレットはそこで働く芸人、せむし男と違って見栄え良い。脇のモンテローネ伯爵はカジノで遊ぶアラブの金持ちである。殺人者スパラフチレもはびこるマフィアの世界である。金、セックス、恨みは普遍的問題なので不自然さはなく、その中で父娘の愛情を描く。

歌手は歌唱力が皆素晴らしいが、役柄には適不適があったように思う。リゴレットのジェリコ・ルチッチとジルダのディアナ・ダムラウは2008年ドレスデンの映像をNHK-BSで観た。ダムラウは出産で見た目10代の娘らしくないが、清潔な声と表情豊かな表現力はいつも通り完璧。ルチッチもドラマティックで感情が溢れ素晴らしい。マントヴァ伯爵のピュートル・ベチャワは甘い声がこの上ない魅力だが誠実な容貌で悪の遊び人には見えない。役柄に最も嵌っていたのはスパラフチレのステファン・コツァン。ドスの効いた低音とマフィアっぽい形振りで申し分なし。マッダレーナのオクサーナ・フォルコヴァもナイス・バディで目を引いた。

指揮のミケーレ・マリオッティはオペラが起伏をもってスムーズに流れ良かった。

アメリカらしい演出と素晴らしい歌声の公演であった。簡単にメモとして残しておく。


2019.10.11 パルマ王立歌劇場 (ライブ収録OPERAVISION
出演
フランチェスコ・フォスカリ:ウラジーミル・ストヤロフ
ヤコポ・フォスカリ:ステファン・ポップ
ルクレツィア・コンタリーニ:マリア・カツァラヴァ
ヤコポ・ロレダーノ:フランチェスコ・プレスティア  ほか
パルマ王立歌劇場合唱団、トスカニーニ・フィルハーモニー
指揮:パオロ・アルヴァベーニ
演出:レオ・ムスカート

ワーグナー、ヘンデル、現代オペラを聴いてヴェルディを聴くと直観的に素直についていける。特にこの「二人のフォスカリ」は2時間と短いし、場面毎に琴線をゆするアリアや重唱があって聴き易いと思う。

イギリスの劇作家が書いた「二人のフォスカリ」をオペラ化したもの。フランチェスコ・フォスカリは15世紀ヴェネツィア共和国の実在する元首。ヴェネツィア1000年の歴史の中で最も長く元首の地位のあった人物である。恋愛ものが多いイタリア・オペラの中でこれはヴェネツィア共和国の政治体制の中で元首の地位と家族愛の葛藤に苦しむ物語である。フランチェスコの息子ヤコポは政敵の謀略で無実の罪を着せられ、父フランチェスコが元首として息子を裁く立場に立たされる。妻の嘆願にもかかわらず、十人委員会の決定に従って流刑されてしまう。元首も失意と老齢で業務遂行不能と判断され解任される。その後息子の潔白が分かるが時すでに遅く息子が死んだ後であり、元首も直後に死んでしまう。政敵ロレダーノが喜ぶ中幕となる。


元首は日本なら首相に当たるから息子を助けることぐらい出来そうに思うが、当時のヴェネツィアはそうはいかなかった。終身元首を目ろんだマリーノ・ファリエルの陰謀以来、元首の権力は十人委員会により厳しく監視されていたのである。

舞台セットは牢獄以外は極めて簡単なもの。委員会の開かれる宮殿は歴代元首を想わせる素描の壁だけ。牢獄とて地下に下りる階段と鎖が下がっているだけで、触れると揺れてしまう。コロナ演出ではないが面会に行っても手を握ることすら出来ない。衣装はヴェネツィアの絵にあるような長いマントかドレスでそれなりに見栄えよく作られている。だが黒を着ることが多く、カーニバルでも黒一色に白の仮面で統一している。これはこれで舞台美術上の色彩と考えればよいと思う。ヴェルディはある意味で歌だけでも演技できるようなオペラだから場面が想像できればそれでよいと思う。

歌手はウラジーミル・ストヤロフとステファン・ポップが良かった。元首のストヤロフは腰が曲がり杖を持った姿で登場し、元首の威厳はどこへやらひたすら息子を心配する父親の気持ちを歌っていた。それだけに悲しみが一層よく伝わってきた。息子のポップはルーマニア出身の若いテノール。声に艶があって感情を曝け出す歌唱が如何にもイタリア的で素晴らしく、これからのホープである。開幕早々のアリアはちょっと乗ってなかったようだ。妻のマリア・カツァラヴァはどこか詰まったような声で好きでない。政敵のフランチェスコ・プレスティアはイタリア人だが、争うようなパワーを感じない大人しい声であった。パオロ・アルヴァベーニ指揮のオケはリズム感があり、歌手を生かすような演奏で良かったと思う。

この公演はドカーレ宮殿の豪華さとは正反対の暗い舞台であったが、サン・マルコ広場、宮殿に入る中央階段、豪華な大広間、運河を挟んでつながる牢獄などを思い浮かべながら観ていた。日本ではまず上演されないオペラを観るには外国に出掛けるしかない。その点生ではないが一歩我慢してストリームは有り難いと思う。


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