ベートーヴェンを知ったのは多分小学校の教科書ではなかったかと思う。ベートーヴェンの苦悩に共感して以来、クラシック音楽の中心にずっとベートーヴェンがあった。主なジャンルでオペラ、交響曲、弦楽四重奏曲、ピアノ・ソナタなど全曲を聴いたのはベートーヴェンしかない。海外に行けるようになってからはウィーンが多いが、それも音楽を聴くばかりでなく、ベートーヴェン始め作曲家ゆかりの地を訪ねることができるからでもある。

 

①ベートーヴェンが住んだ家

真っ先に行くべきところはハイリゲンシュタットの遺書の家。言わずと知れたベートーヴェンが遺書を書いたところである。ウィーン中心部から離れた閑静な住宅街。住んだ家は3軒残ってるとのことだが、一つはホイリゲもう一つは個人の家で、ここだけが記念館として公開されている。前庭に大木があり狭い階段を上がったところにドアがある。普通の田舎家といった外観。中には遺書、楽譜(「英雄」の表紙、ナポレオンへの献呈を消してある有名もの)などがあるが、全部コピー。楽譜も書かれた文字も乱雑な感じがするが遺書はきちんと書いてあると思った。(最新の観光案内によるとこの記念館は大きく改装された由)

ハイリゲンシュタットの家

交響曲「田園」を発想したという小川の散歩道には驚いた。地図と首っ引きで探してやっと小さな案内板と胸像を見つけた。それで散歩道は分かったが小川がない。水が有るか無いか分からないくらいチョロチョロ流れてる溝しかない。どうもそれが小川らしい。その溝に沿って新興住宅が並んでいるので或いは元の姿が大きく変わっているのかもしれない。いずれにしてもこれにはがっかりした。なお偶然見つけたが、ハイリゲンシュタットには今は両方とも個人が住んでいるが、ベートーヴェンの家の近くにカール・ベームが住んだ家もあった。こちらは立派な建物で入り口にプレートがついている。

 

これもその時知ったがベートーヴェンはアン・デア・ウィーン劇場に住み込んだ時期があるという。現在の建物の横側が元々の正面玄関でその左手にプレートがあった。1803&1804にここに住み、オペラ、第3交響曲、クロイツェル・ソナタが生まれたとある。この真向かいにホテル・ベートーヴェンがあるのは如何にもウィーンらしい。
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城壁の一部が残る高台のパスクヴァティラハウスはリング沿いで向い側がウィーン大学と便利なところにある。螺旋階段を上った5階だが胸像やデス・マスクが展示されている。ただし実際に住んだのは隣の部屋だという。見た中ではここが一番立派で、ベートーヴェンも長く住んでいる。
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もう一つウィーン郊外バーデンの第9交響曲の家。夏に通った温泉地だが、コート、帽子、トランクなどが陳列されている。冬の日曜日だった所為か町は全く静か。商店も少なくタクシーすら見なかった。観光案内所も休み、道路標識も少なく、やっと見つけた家は個人宅の庭を入ったようなところにあった。こういう場所に入るのは勇気がいる。バーデンにも滞在した家が6軒あるそうだが、この第9の家だけが記念館になっている。(なお同じ建物がモーツアルト記念館にもなっている) 駅に着いたら硫黄の匂いがしたので温泉につかる時間があるなら試してみるのも面白いと思う。
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②ベートーヴェンの記念像

次にベートーヴェンの記念像を見てみよう。もっとも有名なのはベートーヴェン広場の像。一般観光客は隣接する市立公園にある金ピカのヨハン・シュトラウス像に行ってしまうからここは静かである。高い台座の上にあるので双眼鏡でもないと表情は読みづらい。この像の原型がコンツェルトハウスのロビーにあるからそれを見るのもよい。しかし教科書で見たような髪ボサボサ、厳つい顔のベートーヴェンは上に書いたパスクヴァラティハウスの胸像の方が近いと思う。
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もう一つベートーヴェンを偲ぶに良い像はハイリゲンシュタットの公園にある
散歩するベートーヴェン像。コートを着て腕を後ろに組みポケットに五線紙を突っ込んだ姿は何か考えてるようで、この場に相応しいがもう少しイメージに近い小川があればもっと印象深かったと思う。

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③ベートーヴェンが通ったレストラン

ベートーヴェンが通ったレストランも残っている。サロンとして利用されたこともあるのだろう。グリーヒェンバイズルは15世紀創業で建物が文化財。ベートーヴェンを始め多くの音楽家がよく訪れ、壁にはサインが残っているという。またフラウエンフーバーも18世紀マリア・テレジアお抱えの料理人が始めた店で、ベートーヴェンはこの2階で演奏会を開いた。しかしそういういわれの店へ行ったというだけで足跡を辿ったことにはならないと思う。他人が使ってるところへ押し入るなんてことは絶対できない。そうするにはいきなりではなく特別時間をとって予約する以外ない。
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余談だが内陸のドイツ系料理は脂っこくあまり好きでない。イタリア、フランスの方がまだ良い。ウィーンならケーキの方が美味しいと思う。

④ベートーヴェンのお墓

ベートーヴェンはウィーン中央墓地の音楽家特別区に葬られている。特別区の墓はお墓というよりモニュメントでその中でベートーヴェンだけはお墓らしい形をしている(因みにモーツァルトの墓は別にあるのでここはモニュメント)中央墓地は1874年の都市計画で現在の地に集められたので、それ以前に亡くなったベートーヴェンの元の墓は(シューベルトも)別の場所にあった。ウィーン中心部から北西の住宅街の中にシューベルト公園があるが、その奥にベートーヴェンとシューベルトお墓の跡が残されている。シューベルトの遺言により二人は並んで埋葬されているが、それは中央墓地に移っても同じである。
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中央墓地の前に花屋が並んでいる。ベートーヴェン巡りを終えるにあたり、そこでバラの花をあつらえ墓前に供えてお参りした。

 

 

(補遺)

ベートーヴェンを題材にしたものとして、クリムトのベートーヴェン・フリーズが分離派会館にある。分離派は過去にこだわらない全く自由な発想集団だが、第9交響曲を絵にしたものなら見ないわけにはいかない。だがいくらクリムトでもこの絵は好きになれない。第9をどう解釈したらこうなるのか全く理解できず、ただクリムトだから価値があるとしか思えなかった。