くらはしのクラシック日記

~倶楽趣博人(くらはしひろと)の随想クラシックの思い出、Cafe Klassiker Hrを受け継いだブログです~

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2月から5ケ月コンサートから遠ざかっている。ここ1月くらい前からぼちぼち再開の動きが出ているが、元の状態に戻る見通しは全く立っていない。地元でも10月から公演を再開すると言っているが、そのトライアルとして名フィルの弦トップによる四重奏の会があった。曲目には関心がなかったが会場の雰囲気を知るために行ってきた。

まずホールに通ずるエレベーターが定員4人になっている。箱の4隅に一人づつの勘定で、これではエスカレーターを使う人が多い。マスク着用義務、ホール入り口に消毒液、案内の女性はマスクにフェイスガードと完全防備。チケットは自分でもぎって箱に入れ、置いてあるプログラムをとる。客席は一人置き定員の半分、ホール職員が挨拶するのもマスクを着けたまま。クロークもカフェも開いてない。コンサートホールに窓はないので2階サイドの扉は開放のまま。ホール内の会話は控え、ブラボーも禁止と案内している。さすが演奏者はマスクを着けていないが、いつもよりかなり広く間隔を空け立ったまま演奏する。終演後は混雑緩和のため案内により順次退場となる。

こんな感じでどれも聞いていた話ばかりだが、自分で実際その場に行って体験してみると正直あまり楽しくない。でも今の状態で開くとなると避けて通れないことである。ならば行って良かったと思えるコンサートはどんなであろうか。根本的にはどんな状態であれ音楽が感動を与えることが出来ればそれは小さな問題である。むしろ悪い環境がその演奏の記憶を一層強くすると思う。

演奏者の立場もソリストとアンサンブルでは違うであろう。オーケストラは規模が大きくなればなるほど困難になる。オペラなど上演不可能と思われる。人数の問題もさることながら第一抱き合う演技もできやしない。やり易いのはリサイタルか室内楽になってしまう。大ホールは室内楽に好ましい環境でないから中~小ホールでのコンサートが中心になると思う。

演奏を職業としている音楽家は収入減を絶たれて深刻と思う。単に趣味として音楽を聴くだけの者にとっては、コロナが収まるまで待ちそれ迄は録音で我慢することもできる。私などむしろこの類に属するが、行くとしても相当選択した上になると思う。

今年はベートーヴェン生誕250年に当たる。それを記念する演奏会があちこちで企画されていたがほぼ中止になっている。この際ベートーヴェンのピアノ・ソナタか弦楽四重奏曲の連続演奏はどうであろうか。特にピアノなら音も大きいし、ひとりで自由に個性を発揮できるから最も適していると思う。これなら迷うことなく出かけるのだが。




この頃老人の運転ミスによる事故が毎日のように報道される。他人事でない。私だってこの6月で80歳を迎える。ひと月ほど前に認知症検査と運転適性検査を受けてきた。両方とも問題ないレベルではあったが、指摘されたことがいくつかある。一番の問題は視力の低下。若い頃に比べると視野角度が狭くなっているし、明るいライトを浴びた後の視力が回復せずテスト中止になってしまった。(半数以上がそうでした) 免許返上は出来ないので、日中近場の経験ある道しか乗らないようにしている。

 

視力だけではない。音楽を聴くのに聴力が衰えるのは痛い。弱音とくに低音が聴こえずらい。「ラインの黄金」や「未完成」の出だしのコントラバスやチェロの音が聴こえない。会話でも子音が聴き分けられなくて、例えばトヨタシがトヨハシに聴こえてしまう。

 

最近コンサートに出掛ける回数が減ってきた。名古屋中心部まで1時間の各駅停車しかない地方都市に居ては体力の低下が応えるようになってくる。東京へ出るのも新幹線に乗るまでが大変。でも音楽がなければ生きる楽しみも亡くなってしまうから頑張ろうと思う。

 

ウィーン・フィル、ベルリン・フィルを初めて聴いてから60年になる。この2大オケが11月に来日し、1週ずれで名古屋で演奏会がある。しかも曲目は両方ともブルックナーの8番。こんなことは一生で一度しか起こりえない私の音楽歴でも最高の年であろう。何としてもチケットを確保しなくてはならない。

 

そういえば10年程前新国から帰る電車の中で80歳の大阪から来た男の人と話をした。また別の時に戦時中勤労奉仕で名古屋にいた90歳の夫人と言葉を交わした。私もその仲間に入ることになったが、運転にはよくよく注意するとして、気持ちだけは若いつもりでいる。そうなくちゃ人生楽しめません。


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